2006年07月11日
サイトめぐり
時々、どうしてこうもマゾっぽいことをするのだろうと我ながら嫌になる。
週末に仕事をかなり持ち帰ったので(土曜集中ゼミのための論文読み)、自宅で仕事をするつもりで一つだけあった約束をキャンセルして、1日家にいた。朝食後、取り掛かる前になんとなくネットを立ち上げ、それからというものこの時間まで、またもやすい臓がんの当事者(本人・家族)の日記を隅から隅までなめつくすように目を通していた。「闘病ーすい臓癌」という一覧の一つ一つ、これまでに散々目を通したものを改めて読み直し、それでも飽き足らずにyahooやgoogleで検索して、引っかかったものを始めから終わりまで読んでいた。間に、昼食・夕食をとりながら。椅子に座っているとお尻が痛い・・・とボヤキながらソファに横になることもせず。
東京のH医師や千葉のI医師へのセカンドオピニオンを申し込むつもりで、ネットを立ち上げたのに、すっかり忘れて読みふけっていた。
一体、なんなのだろう、この心理は?
私が知りたいような、臨床データの載った記事は数限られていて、大半が家族の方の苦悩に満ちた闘病記ではあるのだ。
やはり、どこかで、自分がこれからとるであろう経過を探しているのだ。
一体、どれくらいの期間で、どういう状況を迎えるのだろうか・・・と。
心の中で計算しながら。
自虐的なことだ。と同時に、やはり知りたい気持ちも強い。
具体的な情報が限られている。何十例も扱っている医師ならカルテがあって、おおよその経過がみえるだろうに。当事者が読めるような、事例集があるといいのだが。当然、ケースバイケースで一例ごとに異なるから、当てはめて考えることはできない。それは分かっていても、これからの進行はどうなるのか、そのために打つべき手はどんな可能性があるのか、知りたい。
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闘病する為に生活しているのではなくあくまで生活の一部に治療があるんですけどね。。
分かっていてもなかなか難しいですね。
毎日、治療と病状のことばかりではまいってしまいますから、テキトーに息抜きして下さいね。
選択の正否は結果からしか判断できないことが多々あります。
自分の取った選択の結果を後の方に少しでも参考になればと思って的確に記していこうと思いつつも厳しい現実をコトバにするのはためらってしまうことも多いですけどね。