2006年05月23日

仕事を続けること



金曜の夕方から土・日と、寝たり起きたりの生活だったので、今日はしんどかった。行き帰りの通勤(電車は座れる)さえもがだるかった。食べたものがすぐに排泄されてしまうので、そのせいもある。

患者さん方のサイトを見ていると、男性で家計の中心であっても再発後には退職をされる方が多いようだ。なかには、入院・手術のあとに職場復帰すると自分の席がなくなっていた・・・ということもあるらしい。
リストラの不安から、周囲には病気を隠していることも多いようだ。

以前のように仕事ができないと、周囲へ迷惑をかけるからと弱気になることもあるだろう。時々、私もふと、いつまでこんな風に仕事が続けられるのだろうか・・・と思うこともある。

がんに限らないが、病気の治療には思いのほかお金がかかる。医療費以外の出費も結構ある。だから、経済的基盤を確保するという点でも、仕事を継続することは大事だと思う。

職場環境が許すなら、多少は仕事をセーブして体調を見ながら続けられるといいのだろう。そのためには、まずは本人の意識が変わらないといけない。とはいうものの、過去の自分のイメージを引きずっているから、それはそれで容易なことではない。でも、体調と相談しながら仕事を続けるなら、今までどおりにはいかない自分を受け入れていくしかない。

その人の生活上の価値観や仕事への思いもあるだろうから、一概にはいえないが、体調が許すなら、仕事は続けた方がいい。リハビリにもなるし、気持ちの張りにもつながる。

3人に1人ががんにかかる時代だという。通院しながら、普通に社会生活が送れるよう、職場もいろいろな仕事の仕方を受け入れていく必要がある。
ともあれ、これまでの日本的な通念というか、周囲への気兼ねや遠慮で、職を辞すというのは避けたいものだ。病気があっても、正々堂々、周囲に迷惑をかけない形で、できる範囲で仕事を続けていけばいいのだと思う。
posted by 萩 at 02:40| 大阪 ????| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
本当にそうですね。ブログを拝見していて、いつもそんなに仕事をされて大丈夫かしら?と心配していました・・・・いつか東京でお会いしたら、本当に尾花に行きましょうね。
Posted by at 2006年05月23日 08:18
昔、学生時代に缶詰工場でアルバイトしたことがあります。出荷前の缶詰についた汚れを布でふき取る、という仕事でした。びっくりしたのは、終業のベルが鳴ると、その場でいっせいに仕事を止めてしまうこと。これを終えてから、とか、きりのいいところまで、などということは一切なく、ベルと同時に全員作業を止めてしまうのです。これが単純労働というものか、と妙に感心した覚えがあります。

萩さんのお仕事は単純労働の対極にあるようなものですから、終業のベルは鳴りません。自分でベルを鳴らすしか、ないですね。自分の体と対話しながら、せめて週末はゴロゴロして、1週間単位ででも疲れを回復して、続けてくださいね。

Posted by 香菜 at 2006年05月23日 17:48
メッセージ、ありがとうございます。
東京に帰るときは、必ずご連絡します(近々に戻る予定があります)。
本当に、「尾花」のうなぎ、楽しみです。
最寄駅のデパートに「竹葉亭」という江戸前蒲焼の店が入っているのですが、身が薄くて、今ひとつ・・・です。

香菜さん、缶詰工場のバイトですか。すごいですね。
私も学生時代、各種バイトはかなりやりましたが、工場勤務の経験はないです。
そうですね、自分で終業のベルを鳴らすしかないですよね。

先日、民主党の山本議員がご自分もがんであることを告白して、がんのための政策を打ち出していましたね。議員、新聞記者、教員であれ、営業や事務・製造業であれ、どんな多忙な仕事でも、病気であることを隠さずにその人に合った仕方で仕事を続けられる職場が増えるといいな・・・と思います。

Posted by 萩 at 2006年05月25日 13:45
萩さま、初めまして。Romさせて頂いております。
職場が病気というハンデに都合つけてもらえるなら、ほんとにそうですね。ただ、小さな事業所では「厄介もの」は仕方ない面もあります。隠しておきたくても「入院、手術」を言い出したとき、周りにどれだけ迷惑かけてしまうことか。長期の開発案件など抱えて、万が一にどれだけ備えられるか。
頭の中だけの図面やら何やら、チームが組めるほどの規模なら、普段から自然と分担できるのでしょうけど。

私は幸い治癒切除できる病期でしたが、経営側の視線が痛く、術後1年で退職することを選んでしまいました。
香菜さんがコメントしてるように、週末だけでもごろごろ、いいじゃないですか。開き直りましょ。許されるなら、回りも巻き込みましょ。チームでやれれば万が一でも安心だろとでも言って。

なんか外したようなコメントですね。
体、気をつけてください。疲れたときは、ホント休んでください。それでは。
Posted by wanwa at 2006年05月25日 21:27
wanwaさんへ
初めまして。コメントありがとうございます。治癒切除できる病期であったとのことで、本当によかったですね。それに術後1年を経過されたということも、心強いニュースです。
私は、ちょうど折り返し点、半年が過ぎたところです。今年の11月の誕生日が元気に迎えられるようにと、いつも思っています。

ちっとも外したコメントじゃないですよ、
本当に、開き直ることも大事ですよね。
今日も、1日仕事で、やはり疲れると、38度4分の熱が出てきました。
自宅のネット接続が悪くて、職場から書き込んでいます。もう帰ります。帰って、ゴロゴロします。
お互い、ボチボチとのんびり病気と付き合っていきましょうね。

Posted by 萩 at 2006年05月28日 17:51
萩さん
少なくとも身体的に問題をもたない私もこころとからだ穏やかに生きる・時を過ごすということは辛いこともあるのですがこのことを考えると想像以上のしんどさだと思います。身の置き所のないだるさ・・・ガン治療の課題ですね。共に生きるという言葉に対する想いも強く伝わりました。多分めざす理想をテーマにしているのだろうなぁと。病者・花の中に健康者と病者との超えられない垣根があると・・・闘病などではなく耐病なのだと新聞に書いていた方もいました。耐える・・・しんどいですよね。
ゆっくりで良いので仕事を続けてくださいね。しなければならないことがある。行動の動因のようです。水分不足、NA、K不足はだるさを強めます。
私には祈ることしかできませんが・・・
Posted by coco at 2006年05月30日 06:36
いくつか前の日記に、「がんと共に生きる」云々のフレーズなんてクソクラエだ、というのがありましたよね。それもとりあえずは臨床をやっていた医師なんかが言ってベストセラーになったりする。
これはある種防衛的な麻痺や解離か、そもそも患者を見ていなかったか、言語浅薄性の楽天主義か、といろいろ見方はあるかもしれません。
けれど、結局誰が何をどういっても、この種の能天気な独我性は避けられないのかもしれません。そして結局患者は常に孤独なのだと。言うのでも言われるのでもなく、否応なくそう思わざるを得なくなるだけだと。
たしか昔、村上龍の小説にこんなフレーズがあった。「人は誰も救うことも助けることもできない。なぐさめることも励ますことも無理だ。できることは、生きている(輝いている)自分を見せることだけ」というような、たぶん表現はだいぶ違うだろうけれど、そんなフレーズがあった。
若い頃これを読んで少し納得したことがありました。
いまもそうかというとそれほどではありませんが。こういうある種のニヒリズムの持つ好ましい「正直さ」に感じるものは確かにあります。
少なくとも言語浅薄性の楽天主義よりはいいかもしれないと。
こんなことをいい連ねても仕方ないかもしれませんが。
Posted by 風花 at 2006年06月01日 03:14
cocoさん、風花さん

お変わりありませんか。

「未病」という言葉に次いで、「耐病」という言葉にも、なるほど・・・と感じるところがあります。病気と付き合うには、「闘」と「耐」、両側面を併せ持っているようです。

自宅PCのネット接続に問題が生じて、来週なかばまで、記事の書き込みができません。コメント欄に書くことはできるのですが。厄介なもんです。

先日、CT検査をしてきました。6月9日の診察日には、もう少し体調の動向なども分かるかもしれません。

下肢の浮腫みがひどいので、つい水分摂取を控えてしまうのですが、やはり飲んだ方がいいのですね。NaやKは、果物・ジュース類をしっかり摂っているので大丈夫だと思います。オレンジが美味しくてかぶりついてますし、完熟バナナが患者仲間では免疫を高めるとの評判で、事実はどうあれ、ヨーグルトにバナナは沢山食べています。

cocoさんも、風花さんも、急に暑くなってきて、だるさを感じていませんか。

仕事、がんばって続けます。無理はしませんが。以前にまして、気が短くなっているような気がして、これがちょっと困り者です。ではまた。
Posted by 萩 at 2006年06月01日 18:39
萩さんこんにちは。
すい臓がんではやせがひどく、下肢の筋肉量が大きく落ちてしまうこともむくみの原因の一つだそうです。弾性ストッキングが効果があるようですが、履き慣れないと歩きにくいものですし。

すい臓がんや糖尿病など、すい臓に関係した病気ではうつ傾向になる方が多いそうですね。なぜかはわかりませんが。

「尾花」のうなぎ、一度食べに行ったことがあります・・出てくるまでに時間はかかりましたが、待っただけのかいはあった、とてもおいしかった!
Posted by bushdog at 2006年06月04日 15:33
bushdog さん
いつも、貴重なご意見どうもありがとうございます。
そうなんですか、すい臓と欝って、どんな関係なんでしょうね? がん患者の30-40%くらいに、うつ状態が認められるという報告もあるそうです。慢性疾患で、生死にかかわると、やはり心理的にも影響してきますね。
でも、なにはともあれ、「尾花」には行ってきます。なんだか、だんだん期待が膨らみますね。近々に上京の用事もありますし。
Posted by 萩 at 2006年06月05日 20:50
萩さん、はじめまして。
いつも、萩さんが元気だといいなと思いながらブログを拝見させていただいています。

私の母も、萩さんと同じ病気を患い、手術を受けて退院し、現在自宅にいます。

仕事を続けるということ、萩さんのおっしゃる通りだと思います。
仕事は、できるなら、できる範囲で続けた方がいいですよね。
大変だと思いますが、家にずっといるよりは、体にいい気がします。

突然ですが、萩さんに1つお伺いしたいのですが、退院後、背中や右肩の痛みはありましたか?
背中はすい臓、右肩は肝臓の神経と関わりがあると聞きたのですが、、。

母の場合、背中と右肩が重苦しく、だるさが続いています。

お話したくないことを聞いてしまっていたら、申し訳ありません。

梅雨の時期、転ばないよう足下に気をつけてお出かけくださいね。
Posted by ぁぃぁぃ at 2006年06月16日 15:01
自宅PCの再設定が済んでいなくて、ごめんなさい。

私の場合、手術前には左の腰から背中のあたりに軽い痛みがありました。
術後、退院後は、とくに背中や肩の痛みはありません。それよりも、お腹の方が、まだつっている感じがしています。
主治医によると、縫合部位にがんの組織が
生着しやすいのだそうで、こちらの方が心配です。

背中の痛みは心配ですね。右肩は、やはり肝臓と関連するのでしょうか?
主治医に触診をしてもらっていますか?
CTで映らない部分もあるとかで、腫瘍マーカと合わせて、判断するしかないようです。ぜひ、お母様に、次回診察日には、痛みのことを主治医に伝えるように、また触診をしてもらうように、お伝えください。
Posted by 萩 at 2006年06月20日 22:43
あいあいさんへ

自宅PCの再設定が済んでいなくて、ごめんなさい。他の方たちにも、どうしたんだろうとご心配をおかけしていますよね。

お問い合わせの件ですが。
私の場合、手術前には左の腰から背中のあたりに軽い痛みがありました。
術後や退院後は、とくに背中や肩の痛みはありません。それよりも、お腹の方が、まだ、つっている感じがしています(術後7ヶ月経つのですが)。
主治医によると、縫合部位にがんの組織が
生着しやすいのだそうで、こちらの方が心配です。なんだか、お腹中に目に見えないがん細胞が広がっているような不安がつきまといます。

背中の痛みは心配ですね。右肩は、やはり肝臓と関連するのでしょうか?
主治医に触診をしてもらっていますか?
CTで映らない部分もあるとかで、腫瘍マーカと合わせて、判断するしかないようです。ぜひ、お母様に、次回診察日には、痛みのことを主治医に伝えるように、また触診をしてもらうように、お伝えください。
医師によっては、触診で拡がり具合などから、がんが育っているのか、それとも問題ないのか、ある程度分かる場合もあるようです。
私は、診察のときにいつも、お腹と首のリンパ節のあたりを触診してもらっています。ただ、このあたりは、医師によっても違いますから、あまりご参考にならないかもしれませんが・・・。

お母様は食欲はおありになりますか。
抗がん剤が入っていると、この蒸し暑さですから、ますます食欲が落ちやすいです。
体力が低下しないように工夫してみてください。私も、よろよろしながら、エレベータやタクシーを目一杯使って、通勤しています。
すい臓がんは、進み方が速いとか。お互いに気をつけつつ、元気な日を1日でも長く過ごせるようにがんばりましょうね。

Posted by 萩 at 2006年06月20日 22:56
コメントの返信、本当にありがとうございます。
初めて、母と同じ病にかかられた方とお話ができたので、胸の詰まる思いがしました。

縫合部位にがんの組織が生着しやすいというのは、初めて聞きました。
心配ですね。
母もやはり、傷が痛むとは言っていますが、盲腸の手術でも、手術で切った傷は、わりと何年も痛むものといって、あまり心配はしていないようです。

先日、病院に行った際、主治医に背中と肩の痛みについて、聞いてきました。
私は仕事でしたので、父と二人で行ったのですが、
「中とは関係ないと思う」と言われたそうです。
温湿布を大量にもらい帰ってきました。
肩には触っていないのですが、背中は少し触って診てもらったようです。
次回の診察のときには、触診をお願いしてみようと思います。

母は食欲があまりなく、まだ抗がん剤も始まっていません。(術後3ヶ月半経つのですが)
このこともとても心配です。

萩さん、無理せず、パソコンの再設定をして下さいね。更新されるのを楽しみにしています。
Posted by ぁぃぁぃ at 2006年06月24日 13:23
萩様 
お久しぶりです。父は5/14に退院しその後は食欲も改善し回復してきおりております。
先週も温泉へ一泊で出かけてきました。
来週よりジェムザールによる抗がん剤療法を外来通院で4回開始します。この他にゾフランとデカドロンという薬も同時に使用すると説明を受けました。上記のメッセージの中に下肢のむくみについて書き込みがありましたが、自分の父をみていて体重減少したことで下肢の静脈還流が悪くなりむくんでいるのではと考えました。他の患者さんも同じような悩みがあるのがわかりました。
Posted by ポンタ at 2006年06月30日 20:49
お忙しくお過ごしのことと思います。
このところの蒸し暑さと天候不順はただでさえ体にきつく感じます。
治療と仕事との日々には、ますますのことではないでしょうか。

このごろ私も、人間が健康でいられるのはただの僥倖なのだと思うことが多いです。
特にこんな世の中では。
学生にしても。
大学の存在のために(あるいは教育という複雑怪奇な「強迫」のために)存在している哀れな「コマ」のような気がして。
先日もリストバンドをした学生が青い顔をして飛び込んでまいりました。
よくあることです。

それは労働者にしても同じ。
年がら年中、サービス残業や合理化で追い詰められ、(特に中小企業の従業員は生き残りのために週一日の休日さえないなどということも聞くに至り)、わが大学の事務棟の灯も、その日のうちに消えることはまずありません。

何のために生きているのだろうか。
という素朴な問いがよぎります。

かの戦争は実は、靖国も保守のばかさかげんも何もなんら関係なく、続いていたのだと思えば納得もいきます。

そのうちほんとうの戦争がやってきても驚かない。
そういう世の中でしかない。
子供を残そうという希望などありうるはずもない。

なにもユートピアを語ろうというわけでもありませんが。
こんな世界では「人間を、いのちを、守れない」
どこに希望を持てばよいのか。

ただ苦しみながらも希望を持っている若者たちが人々がいるのだから。
むしろ怒りと共にあきらめずに行くしかないですよね。


Posted by 風花 at 2006年07月02日 01:43

腰が痛いのは辛いものです。
私も14年間悩まされました。

私が考案した腰痛解消法をお試しください。

【3分腰痛解消法】で、検索すると見つかります。

腰をお大事に。
Posted by 腰痛アドバイザー at 2008年03月13日 23:32
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