2006年02月02日

手術の選択



このブログを4-5人に伝えたところ、ある人から手術の選択をどのように判断したのかと問われた。
11月2日の病状説明の場は、ところどころ鮮明に記憶している。細かい内容は忘れたが、自分がどのようにして手術を選んだのか思い出してみよう。

一つには、事前に読んだ医学書のコピーから、治療の第一選択が手術(膵切除)であること、手術と化学療法では生命予後に開きがあること(後者では1年以内)、手術の場合もstageIIIやIVでは成績が改善していないこと、10年前の古いデータだが症例数の多いIVaで1年生存率27%、5年で数%・・・と、冷や汗ものの情報がしっかりインプットされていた。

A先生は外科医にもかかわらず、手術の困難さと根治性の難しさ(門脈浸潤あり、後腹膜への拡がり?)を強調していた。その場の印象では、暗に、化学療法を薦めているのではないかとさえ思ったほどだ。
手術ではどうしてもCa細胞が残る、手術することで肝転移の可能性が高まる、門脈の神経叢をいじるので下痢・便秘など術後QOLは低下したまま、膵臓断端と空腸吻合の難しさetc.
それに対して、ジェムスタビン(化学療法)はまだ3-4年の成績だが、今のQOLを維持してしばらく持たせることができる。選択は、私がどういう人生を送りたいか、だとも。
「自己決定」ということは分かっていたが、苛酷なことだった。

「先生が私の立場だったらどちらを選びますか?」
「さぁ、どうするかなぁ・・・」、当たり前だが、答えなかった。

いろいろなことが頭をよぎり、何か独り言のように自分の思いを口にしていた。QOLを維持して1年以内、手術と術後化学療法でQOLの低いまま2-3年、どちらを選ぶか?
生命を縮めてまで今成し遂げなければならない大事な仕事など私にはない。秤はがたんと前者に傾き、急に仕事などどうでもよくなった。家族のことも話していた。子供のいない気楽な独身、取り残される老父への思いなど。

「私のこれまでの性格からすると、アグレッシブに立ち向かうのが私らしいので、手術でお願いします。」
傍らで聞いていたB先生が、迷いのない答えに、「アッ」と声を出した。

セカンドオピニオンは必要なかった。A先生は府内の2-3箇所を挙げられていたが、自分が決断するのは同じことだった。それに、2名の主治医を信頼していた。
1時間ほどだったろうか、終わりの方で、A先生は、私の選択を支持するかのように言われた。「化学療法は宝くじと同じ、効く人には効くが、当たる確率は低く、損する場合が多い。」

その場で結論を出した。もう一晩ゆっくり考えてみようとは思ったが、迷いは生じなかった。

結局、どのように選択したかというと、今までの自分らしさ、ということになろうか。
posted by 萩 at 23:04| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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