18日に初診、20日に入院ということで、実にあわただしかった。と同時に、それまでの疲れが一気に出てきて、入院して、やれやれほっとした感もあった。病室は個室で、外科病棟に移るまでの3週間余りは、検査の連続と、仕事の続き(というか同僚への移譲)の日々だった。
今、記憶に残っているのは、鼻から胆汁チューブが入り、のどや胃部不快に耐えながら、同僚や上司の見舞いと、引継ぎの仕事の話を続けながら(いくつもの案件が本当に気がかりだった)、コピーしてもらった医学書やHPの記事を読んでは真っ青になっていたことか。検査のことなど、ノートにメモしていたつもりが走り書きばかりで、ちっとも記録に残っていない。
主治医は肝胆膵の消化器外科専門の2名、シニアをA先生、ジュニアをB先生としておこう。B先生はポータブルのエコー持参で病室を訪れ、それこそエコーを何度もしてもらっているのだが、主な検査・処置は次のとおりだ。ちなみに10/20の入院初日にもらった診療計画書には膵腫瘍と診断名が明記されていた。
10/24 胆汁排泄のための経皮的胆道ドレナージ術、しかし、胆管が細くて針をさせず変更。
10/25 内視鏡検査、CT(血管造影)とともに、内視鏡的ドレナージ(ENBD)。鼻から管が入って胆汁排泄。以後、手術までこのチューブが入ることになる。毎日、鼻と頬の固定テープ交換。
10/26 腹部レントゲン 採血 逆行性膵胆管造影検査
10/31 そけい部からの血管造影検査 (動脈止血のために24時間安静)
ノートに記録がなくてなにもかも今から見ると不確か、それほど、あわてていたのだろう。治療方針の話し合いまでの主だった検査はこんなところだったろうか。
確か、11月2日に、A先生から病状説明があった(B先生同席)。
膵頭部腫瘍は5cm大に膨らんで大きく、胆管をふさぎ、上腸間膜静脈や門脈が巻き込まれている(浸潤)。後腹膜にどれくらい拡がっているか? 門脈から癌をうまくはがせるかどうか。
進行度はstageIV、実際は画像より進んでいることの方が多い。
手術療法か化学療法か、ぎりぎりのなんともいえない厳しい選択とのこと。
手術/化学療法、それぞれのメリット・デメリットなどの説明があった。選択は私に任された。
ある程度、医学書などに目を通していたので、覚悟はできていたつもりだったが、予想以上に厳しかった。その場で、手術を希望した。11月14もしくは16日が手術予定とのこと(膵頭十二指腸切除)。
それからは、ビリルビン値が下がるのを待ちながら、一連の手術前の検査や麻酔科の説明などで明け暮れたように思う(記録がまったく抜けている)。
原稿とか、二三、外科病棟に移るまでに仕上げておかなければいけない仕事もあった。
ビリルビンは、11月7日(入院19日め)でも5.0で横ばい状態、ASTが132、ALTが198、ALPが483、AMY-Sが374と、入院時よりは改善傾向にあるが、基準値を大きく超えていた。
腫瘍マーカは、10/21時点で、CA19-9が815(基準0-37)、CEAが6.8(基準0-6.5)、SPAN1が318(0-30)、DUPAN-2が1000(0-150)だった。
11月11日(金)に外科病棟に移る、今度は6人部屋だ。手術日は16日(水)に決定。
14日(月)に再度、A先生から手術についての説明。B先生のほか、家族の同席がないので看護師長も同席。
1)状態 前回(11/2)聞いたとおり。
2)膵頭十二指腸切除術(Childの変法) みぞおちからへそまで正中切開。
まず、癌が全体に拡がっているかどうか確認する(画像上、腹水(-)、腹膜炎(-))。
上腸間膜静脈・門脈が癌に取り囲まれている状態だと剥離がむつかしい。
3)切除: 胆嚢(胆石が2個みつかった)、胃の下側1/3、膵臓(頭部1/3強)、十二指腸の切除。消化管をごっそりとる。
4)再建: 膵臓、胆管、胃、それぞれの断端を空腸に吻合する。膵臓と空腸の吻合がむつかしい。
5)輸血のこと、8-12時間の手術予定。
6)術後管理: ドレーンが数本、しばらく食事ができない。神経叢の切除により、下痢・便秘などの不定愁訴。術後の化学療法
その他
11月16日手術日。前夜から下剤、翌朝の浣腸、手術室へ行くための準備。
8時半前にはB先生が来てくれて、ナースとともに手術室まで付き添ってくれる。面会の人数人の励まし。緊張。硬膜外麻酔を入れるところまで記憶がある。あとは記憶なし。A先生(執刀医)がいつ来て去っていったのか、それすら分からない。
手術終了、B先生に、「痛い」と言ったのは覚えている。ICUに移り、「今、9時です。面会の方に会われますか」とナースから言われたのも覚えている。またしばらくして、B先生がICUに来て、手術はどうだったかと尋ねたら、「取れるところは取りましたが、全部は取れずに残ったところもある」とのこと。なぜか愕然とした。
翌朝、10時にICUを退室するまで、結構、印象に残ったことはあるのだが、いずれ別の機会に記そう。
術後の回復過程は、また別の機会に。(22日には外科の個室から混合病棟の個室に戻る。)
手短に記すと、私の場合、胃と空腸の吻合部に浮腫がおこり、結局、3週間は嘔吐が続き、食事がとれなかった。患者によってはこういうことが起こるらしい。A先生の言われたとおり、3週間が過ぎると、不思議と嘔吐がとまり、口から食事が取れるようになった。それとともに体力がついてきて、回復が進んだようだ。
B先生が言われていたとおり、術後管理がとても大事とのことで、嘔吐以外は大きな問題は起こらなかった。B先生は、術後約4週間、土日も病室に現われて、朝夕2回、診察をしてくれていた。
12月15日からジェムザール開始。まず1000mgで始め、22日は白血球が2900と落ちたので休み、29日に800mgを行った。制吐剤セロトンも点滴に入れているので、とくに嘔気なし。
夕方から微熱(37.3度)、翌日に数回の下痢、などの反応。内出血班がふくらはぎや腰骨のあたりにもでた。一応、この2回で、第1クールめが終了。
10/21と12月15日の腫瘍マーカは下記のとおり。
CEA(基準0-6.5) ・・・ 6.8 → 2.4
CA19-9(0-37) ・・・ 815 → 227
SPAN1(0-30) ・・・ 318 → 88
DUPAN-2(0-150) ・・・ 1000 → 255
2006年1月5日(木)退院。10日(火)より復職、月ー木と職場に出ている。
水曜に採血、金曜にジェムザール800mgの点滴(3週4休)。
こうして、私の社会復帰の日々が始まっている。


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