2006年07月06日
辺見庸講演会、他お返事
風花さんへ
お久しぶりです。そうだろうな・・・と思いながら、やはり、どこも大学は大忙しのようですね。組織のためのコマの一つ・・・、そうなのかもしれません。
先日、6月24日(土)夜に大阪市中央公会堂で、辺見庸講演会があり行ってきました。「憲法改悪にどこまでも反対する」というテーマで、でも他の社民系のイデオロギッシュなそれとは違い、彼らしい個性的な憲法論議でした。
病気体験に始まり、わが生を生きることは恥との向き合いであり、尊厳も恥じもわが内にあり、彼にとっては真剣な言葉を発していくことが生きる証・・・といったような内容でした(私の受け止め方では)。
もっとアジテーションぶっているのかと思いきや、淡々と、静かに、OHPに大事な言葉を映しながら、言葉を紡いでいる感じでした。個々の条項についての議論は忘れましたが、左手で走り書きした言葉の数々は、なぜメモしなかったのかと今にすれば残念に思われてなりません。右手は麻痺がひどく、左手で重たそうに抱えていました。
満員の参加者で、私もそうでしたが、直前に到着した大半100人以上は3階の別室でスクリーンを通して講演を聴くという大盛況。ご本人も、興にのったようで、6時半開場9時近くまで続きました。
老若男女、憲法論議にこれだけの関心が集まるのだということも驚きでしたが、なにより、辺見庸にとっては、不自由な身体をおしての2年ぶりの講演会で、励まされたことだろうと思いました。
健康であることは、本当に、僥倖なのです。
辺見庸は、右半身麻痺も癌も、苦しさは言葉にならないが、それでも物書きとしてある透徹さをあたえてくれて、今となっては自死どころか、自分の病気はなにものにもかえがたい、と言っていました。
それを聞きながら、凡人の私は、そうだろうか・・・と、私は、健康になれるのならなんとでも交換してほしい・・・と思いました。わずかばかりの老後の蓄えも、たいした資産価値もないけど東京のマンションも、お気に入りの宝石類も手放してもいい・・・と。
ただ、ゲーテのファウストではないけれど、唯一、魂とだけは交換したくない。魂を売ってまで、健康を手に入れたいとは思わない・・・、そう思いました。健康であることはありがたい、病気は、なんであれ、人生の重たい負荷です。
ポンタさん、bushdogさんへ
お父様、食欲を回復されてよかったです。
すい臓がんの下肢の浮腫みは、たしかにリンパ浮腫(リンパ節を廓清した後に生じる浮腫はもっと重症)ほどではないにせよ、それでも辛いものです。
私は、半身浴後に、ジュニパー・ベリーという精油で足のマッサージをしています。寝るときは枕を二個置いて足を高くしています。これだけで、ずいぶん楽になります。
もし、お父様の浮腫がひどいようなら、マッサージはいかがでしょう?
bushdogさんの言われるとおりで、すい臓がんには、体重低下と筋肉量の低下が目立ちますね。
私も、四肢のやせ細りには、自分でもびっくりします。顔・胴回りやお腹はちっとも変化ないのに、四肢・お尻、背中や胸は、げっそりしています。お尻の筋肉・脂肪がなくなり、イスに長時間座っていると、尾てい骨のあたりというか、お尻が痛くなり困ります。講演会のときも、パイプ椅子で辛かったし、自宅の椅子でもついソファに横になるのは座っているのが辛いからなんですよね。
胸はあばらが目立ち、乳房はかろうじて片鱗の乳首が残るのみ、90歳の老婆のようです。なのに、お腹周りは張っている、奇妙なもんです。それでも、洋服を着て、おざなりでも化粧をし、荷物を持ち、職場に行けば、それなりに忙しく立ち働き病気を忘れます。
ポンタさんも、bushdogさんも、お父様のよき相談相手になって差し上げてください。私も、6月は2度上京し、短時間でも父の顔を見てきました。病気のことは詳しくは話していないので、80歳を迎えて、こんな娘でも頼りにされているのを感じました。
残念ながら、いつも忙しくてまだ「尾花」には行かずじまい。この次こそ・・・と友人たちと相談しています。

