2006年07月30日

緊急入院



金曜の午後からどうも発熱していたようで、土曜は38.8度、その後、土日と身体を横にして過ごしていたが、全然解熱せず。今日は39.5度まで上がり、ちょっとこれはまずいと、救急外来を受診してきた。今、戻ってきたところで、これから入院の仕度をして出かける。
28日の金曜日にはジェムザールはなし(休薬)、タルセバも24日あたりから休薬に入っている。本来なら倦怠感も軽減して楽になるはずなのだ。
どうも、胆管炎を起こしているとか、ビリルビン値も少し上昇し、CRPは明らかに炎症反応を示している。

というわけで、1週間程度で済むと助かるのだが、例の18階東に入院する。しばらく記事の投稿はお休みします。こういうときのために、携帯でも投稿できるのだが、そんな準備はしていなかった。
posted by 萩 at 18:51| 大阪 ????| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月29日

フルーツバスケット



今日も外は暑そうだ。
メグさんのご主人は会社のゴルフコンペとか。私と同じ44kgまで体重が落ちているのに、すごい元気なので驚いてしまう。私は、どうも7月以降、不調続きで、5分も外を歩くと息があがり、身体がしんどくて仕方ない。
こうして土曜日、なんの予定もなく1日家でゆっくりしていられるというのは本当にありがたい。

フルーツバスケット
フルーツ小.JPG

桃、アップルマンゴー、オレンジ、レモン、キウイ、果物が豊富にあるのは嬉しい。
・・・と、ここまで書いていたら、ピーンポーンと宅配が届く。I先生から、沢山の桃やプラムの贈り物。どうもありがとうございます。早速、書きかけの記事はそっちのけで、桃、1個いただきました。甘くて果汁たっぷりで美味しい。入院中の沢山のゆずといい、岩手の甘いりんごと、いつもありがとうございます。

桃には思い出がある。
大学を卒業して1年目の七夕の日、今にして思えばありがちなことだが、当時の私にとっては大ショックなことがあった。ふだん食欲旺盛な私が、3日間、食物がのどを通らなくなり、唯一、桃とコーラだけを受け付けた。不思議と桃は食べられて、命の食べ物とそのとき思った。
入院中も、3-4日に1回は桃の缶詰がデザートについて、煮魚などに辟易していたとき、本当に嬉しかった。

食べ物には、その人の人生の歴史が刻まれている。
鰻が好きなのも、幼い頃の祖母との思い出だ。

辺見庸の「もの食う人々」という本では、食べる営みを通して、歴史や文化、政治も戦争も、地球上の人々の生のありようを伝えている。
円谷幸吉選手の遺書には、「○○さま、〜〜、美味しゅうございました」というリフレインが続き、我を殺した彼の生きようが伝わってきた。
食べるという行為は、その人の生を支えると同時に、生のありようを伝えている。

前回、職場の愚痴を書いてしまったが、嫌な人たちばかりなのではない。
十分な仕事もできない身なのに、気遣っていただき時折差し入れを頂戴することもある。
ずっしりと重たい大きなマンゴー、園芸高校の生徒さんが作ったきゅうり、7月にはとれたてのジューシーなメロン、高知の名産小夏、などなど。
きちんとお礼もしないまま、甘えていただいているが、ありがとうございます。

実家の父は、毎年、房州のびわを送ってくれる。館山の一つ手前、富浦は父の生家のあるところで、びわ山がある。子ども時代から、びわだけは贅沢に食べてきた。当時は、びわの木が成長期で実も大ぶりなのが沢山とれ、枇杷酒にしたり、1回で7-8個お腹が膨れるばかりにほおばったりしていた。近年は木も古くなり実もこぶりになったが、梅雨に入ると枇杷を思い出す。

果物は、病人にとってはありがたい食べ物だ。喉の乾きを癒し、体中に甘味が伝わり、食欲がなくてもどれも美味しく食べられる。
posted by 萩 at 12:23| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月28日

愚痴



少しばかり愚痴を・・・。
昨日は午前10時から昼過ぎ1時まで、3時間に及ぶ会議があった。定例のこととで必要なこともあるし、時には有意義な議論もあるが、昨日は(というか多くの場合)空しい時間だった。一部同僚たちの身勝手発言に腹も立った。

朝は出掛けの時間もなくて、オレンジ・ジュース1杯にヨーグルト(200cc程、蜂蜜たっぷり)を食べて出たが、最寄り駅までのタクシー、その後の電車、ずっとお腹がゴロゴロし続けた。会議の最中も何度か席を立とうかと思ったほど。お腹がすっきりしないまま1時半過ぎに昼食、市販サンドイッチとオレンジジュース1本。

その後から、いつになくひどい下痢だ(水様便を頻回に)。仕事にならないのとトイレ往復で疲れてしまい、約束を2つ3つキャンセルして、3時半過ぎに職場を離れた。
数日来収まっていたのだが、下痢はもしかすると、精神的な部分も作用しているのかもしれないと思った。身体的な疲労と精神的なイライラ。

帰りにデパ地下で買い物、帰宅後、水分補給で大きな桃1個を食べた。桃は果物の中の一番の好物、どんなに食欲がなくても桃なら1-2個食べられる。この頃にはもう下痢は嘘のように止まっていた。

ゆっくり入浴(芳香剤を入れて1時間近く)。亜貴さんのコメントにもあったが、身体を温めるのは大事なことのようで、本当にほっとする。これは多くの患者さん方の記録にもある。温熱療法を受けると調子がいいという方もおられるが、やはり温めるのがいいのだろう。疲れたときは、まず入浴だ。
しばらくニュースを見ながらベッドでウダウダ。
夕食は、赤飯1膳、ほっけの干物、ナスの糠漬け、トマト。
その後、新聞読み、TVを見ながら、なんとたねやの水羊羹を2個、ペロリ。
早めに寝てしまったので、4時には目が覚めた。
やはり、目覚め際、今日の会議の不愉快さが何度も思い出される。

この2-3ヶ月来続く、空転するばかりの議論。ある企画を巡ってそれを実施するか否か。組織のためには強行に実施を主張するリーダー格2名、それについていかないその他大勢。足引っ張りの数名。
皆に意欲があるなら、それは行った方が明らかにいいのだが、やる気がないのなら無理する必要はない、私は、どちらに決まってもいいと思っているのだ。問題は、その間の議論の浅ましさ。

A教授曰く。「そりゃ、800万でも1000万でもそれくらいまとまったプロジェクト費用をだすというなら、やってもいいですよ(やる気はないが、多額の金を出すならやってもいい)」
しばらく前の会議での発言だ。足引っ張りの先頭役、心底、軽蔑した。
同様のネガティブ意見はいくつも。
ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら本日のB教授発言。「この場で話すことなんですか、ちゃんと議題に載せてくださいよ。金の保証もないところでできることではないのだし。」(手続き論に還元することで、話し合いそのものを回避し反対する。同様に金の問題を出してくる。)  浅ましい。
はなからやる気のない(関わるだけの力量がない)C教授は、話す必要があるのかとなぜか怒って席を立つ。

延々と繰り返される空しい議論だ。

大学というところは、今、外部資金獲得を巡って血眼だ。大型予算がつけばついたで、利害に絡む思惑・嫉妬、その他さまざまな感情がうごめき、棚からぼた餅、金、金の話がついてまわる。本来すべきことは何なのか、なにが求められているのかはそっちのけで、本末転倒の世界だ。
そういう中で身をすり減らしている。時々、耐え難く空しくなってくる。

もう、議論はやめればいいのだと思う。
組織上の面子から、上層部に提言した人々には、下げるに下げられなくなっている事情もある。それだって愚かしいことだ。

こんなストレスが、私の身体のなかの癌を増殖させているのだろうか。
昨年10月、病気が分かり即入院、その数日後に、こともあろうに病室で春先に出していた大型プロジェクトの申請が通ったことが分かった。1年半で1億近い予算がついた。これはこれで、組織にとっては重大事かつ大事なことで、来春まで、成果を出すべく本当にがんばろうと思っている。原案は、今でも、ユニークで時代を先取りしたいい案だと自負している。

しかし、それにも関わらず、哀しいことだがこの組織にとっては時期尚早だったのだと思わざるを得ない。それだけのプロジェクトを動かすほどに成熟していないのだ。そういう意味で、限りなく空しい。
そのために身をすり減らすことが、限りなく空しい。

ああ、思い切り、愚痴を書いてしまいました。
不愉快な思いをさせて、読んでくださった方、すみません。
体力が消耗して、弱まるばかりのわが身の不安から、どうしても否定的になってしまうのかもしれません。また、元気を出します。
posted by 萩 at 06:08| 大阪 ????| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月25日

お返事(お気遣いありがとうございます)



ちょっと気落ちしていたもので、お気遣いのコメントを嬉しく拝見いたしました。ありがとうございました。

きむさんとは、takeさんのBBS(掲示板)でお会いしていますね。どうも"初めまして"という感じではなかったので、気になったいたのです。takeさんと同い年くらい・・・というコメント覚えています。
お父様は、TS-1がうまく奏功していますでしょうか。副作用がきつくないことをお祈りしております。(TS-1は副作用がきついと医師たちから注意されていましたが、私の感じでは、TS-1より今のタルセバ150mgの方が身にこたえる感じがします。)体重減少にはお互いに気をつけましょうね。

亜貴さんとは、はじめまして、ですね。これからもよろしくお願いいたします。
胃と膵臓と両方では、治療もなにかと大変だろうとお察しします。それでも、マーカーの値も落ち着いて画像上も縮小傾向というのは、本当になによりです。医師の言う"3-4ヶ月"というのも、本当にケースバイケースですね。奥様としては、決して心穏やかな時など寸時もない1年だったでしょうけれど、1年を経過されたのは、やはりご主人と奥様の二人三脚の賜物ですね。

ところで、玄米菜食の件ですが、私も退院直後、安保免疫学を2-3冊読んで、玄米菜食が大事なのだと思い込んだことがあります。この安保免疫学は、どうやらとんでもない本で、名前だけが売れてしまっていますが、鵜呑みにされない方がいいかと思います。ちょっとおかしいぞ・・・と思いながらも、参考になるところだけ参考にしようと勝手に取捨選択して読んで、放っていました。その後、いろいろ読むにつけ、食事は消化のよい栄養価の高いものをとることが大事であることを再認識しました。玄米は消化不良で下痢を起こしやすいですし、良質のタンパク質をしっかり摂ることが大事ですから、菜食ではまずいです。
最初、伊豆修善寺のセミナーの写真を見たときは、私も参加しようとまで思ったほどだったのです。けれども、写真の1枚に指導者とおぼしき方(柴田年彦氏?)が写っていて、迷彩服のズボンを履いているのがとても気になりました。例の、ベトナムやイラク戦争で米軍兵士が着ているあの迷彩服です。
セミナーに参加された方や、安保免疫学を実践されている方には申し訳ないのですが、この1枚の写真で、私は嘘くささを感じてしまいました。

メグさんも、はじめまして、ですね。よろしくお願いいたします。
「究極の損得勘定」(小林正観)、面白そうなタイトルの本ですね。ぜひ、近いうちに本屋で探してみます。ご主人のお加減はいかがですか。
支える側というのも、本当に大変なものだと思います。いろいろな気苦労の連続でしょうし。場合によっては、本人以上に辛いことがおありになるのだなというのが、いくつかのサイトを読んでいてよく分かります。

bushdogさん、いつも情報が早いですよね。
動注リザーバは、府立成人病センターが開発したそうで、手術時にこのリザーバを入れる2channel療法を実施すると、生存率が他のデータよりもずっといいですね。8月第一週の主治医の診察の折に、成人病センターのセカンドオピニオンを求める旨、話してみます。私の通っている大学病院でも放射線科でやっているそうですが、どの薬を使うかにもよりますでしょうしね。

cocoさん、お元気ですか。相変わらずお忙しいのでしょうね。
この間アップした葛豆腐の写真、あの小皿は何年も前にcocoさんからいただいた小皿セットの一つなんですよ。蓋付きの塗り物お椀セットは、そんな大層な料理などしないので余り使っていませんが、幾種類かの小皿セットは毎日愛用しています。ご主人のご病状はいかがですか。
きっと、いろいろ情報が集まるだけに余計にご心配になったりしていませんか。サマリア(H医師クリニック)にも行かれているのでしょうね。私も、いつか機会を見て出かけようと思っています。もんじゃ焼きは、あまり好きではありませんが(子どもの頃、10円20円で安いのを散々食べていたんですが)、スペイン料理のお店はまた行きたいです。

風花さんへ
しっかり食べてよく眠ること。
人間にとって、これほど当たり前で自明のことなのに、努力したり工夫することが必要な事態が生じるものなんですね。
健康なときには意識せずにできたことが、病気になると一つ一つに注意を払い努力しなければならなくなります。今まで、消化なんて、本当に深刻に考えたこともなかったですが、この病気をしてからは、いつも戦いです。お腹の調子と相談しながら、ゴロゴロ・グルグルと他人にもよく伝わる蠕動運動の音にも慣れ、ガスも出せるときにはきちんと出しておくなんてことを意識してやっています。
ヨレヨレになりながら、なんとか活力を見出す方策を考えています。

ではまた。
posted by 萩 at 00:06| 大阪 ????| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月24日

今日は大チョンボ



なんと24日なのに、どこでどう間違えたか朝の床のなかで、今日は海の日、祝日だからのんびり・・・なんて思い込んでしまった。月曜日は午前も午後もクラスがあるというのに。
遅い朝食のときに間違いに気づき、大慌て。なんとか午後からは間に合わせたが、午前は待ちぼうけを食わせてしまった。
20名の院生の皆さん、本当にごめんなさい。(このブログは知らせてないけれど。)

多分、無意識に休みたかったのだ。
土・日と休んだはずなのに、無性にからだがきつい。あと2日、タルセバを服用したら、28日(金)のGEM休薬に合わせてタルセバも1週間休薬の予定。それで少しはこの倦怠感からも解放されるだろう。
posted by 萩 at 23:17| 大阪 ????| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月23日

肝転移の拡がりか



憂鬱だ。7月19日の腫瘍マーカがまたも上昇していた。
CEAが113(7/4が91.6)、CA19-9が320,107(7/4が197,206)。
CA19-9の32万などという値は、一体、何を物語っているのだろう?

TS-1(80mg)を2週間、タルセバ(150mg)をかれこれ3週間併用してのこの数字だ。肝臓に転移した4個が拡大し、さらに個数も増えているに違いない。
A先生は、8月1日のCT検査いかんによっては、肝臓の動注リザーバを考えましょう、とのこと。一応、肺のレントゲン検査も加えられた。

なんとしても、早めに入院して動注リザーバを入れてもらおう。

金曜、土曜と、ネット検索で動注リザーバを調べていたら、「My Reminisecences」という、こおたろさんのサイトを発見した。

こちら
結腸癌から肝臓転移となり動注リザーバを使用した、30台なかばの男性のサイトだ。例によって、私は落ち込みながらも丹念に日記を読み続けている。
おそらくは自分もたどるであろう経過を頭に入れながら、最後まで再就職にむけて英語試験を受けたり、幼時からの両親との確執を分析したり、生きることに自分なりに取り組んだ経過が記されている。2001年6月発病から2004年2月までの2年半の記録だ。切ないし、痛ましい。BBSには今でも妹さんの書き込みが続いており、身内であればこそ日記を読めない辛さも伝わってきた。

患者は、ネット時代であればこそ、自分の行く末をある程度自覚しながら、他方で将来に向けての希望も失わずに最後まで生ききるのかもしれない。
早い頃の日記に近い死を予期した記録がありながら、そしてふとした折にその現実を自覚しつつも社会とのつながりを求め、末期になり腹水除去の外来通院の最中にあっても就職のためのTOEICを受けに行ったりしていた。
あきらめていなかったのだと思う。最後の日記には、死を予期してなのか、もう書くことはないとあった。現実を直視しつつ、可能性の片鱗を手放さなかったのだろう。

すい臓がんの場合、18ヶ月が壁と言われている(50%中央値)。この壁を越えても、2年、2年半が大方の限界なのかもしれない。
厳しい現実だ。

タルセバは効いているのだろうか?
骨髄抑制が出てきて、A先生は、量を減らした方がいい・・・とのこと。
次回の申し込みに、150mgでいくか100mgにするか迷っていたが、100mgでいくことにした。このいつになくひどい倦怠感は、やはり副作用のようだ。

WBC=6,100、RBC=270万、HB=9.4、HT=28.5、PL-C=11.3 と、白血球を除いて激減している。血小板が下がっていたせいか、気が付いたら足の太ももあたりにいくつもの内出血班が出ていた。
下痢は収まってきたが、倦怠感がひどい。

それに今一番つらいのが、筋肉・脂肪を失って腰骨、仙骨などが神経を圧迫するのか、痛むのだ。椅子に座っていてもお尻が痛くなり、横臥してもしばらくすると骨があたって痛む。寝ても起きていても、しんどい。
ありったけの羽根枕を使って工夫しているのだが、どうもうまくいかない。
骨シンチもやってもらった方がいいのだろうか?

金曜・土曜は微熱があったのでベッドでゴロゴロだったが、今日は少し、部屋を片付けよう。不安はつきないが、再来週の診察日までは、もっといろいろ調べておかなくては・・・。 
posted by 萩 at 11:45| 大阪 ????| Comment(7) | TrackBack(1) | 日記

2006年07月17日

やきもちを焼くといけないので



家のソファ背もたれに鎮座ましましているぬいぐるみ達を紹介。
それにしても携帯のカメラ(200万画素)がこんなにいい性能とは驚きだ。

長男ともいえるUCSFベア。胸にキャンパス・シンボルの金門橋。
穏やかで優等生。
UCSFベア.jpg

ボストンがなつかしくて何回も出かけたが、以前に住んでいたブルックラインのアパートの近くでみつけた、もっさり・ベア。一緒にいるのは、シドニーで入手したコアラ君。シドニー・オリンピックの前年に、マラソン・ツアーに友人たちと出かけ、フルマラソンを5時間弱で完走した。1996年8月の思い出。
ボストンベア.jpg

入院中、友人からの見舞いのコーデュロイ君。家のやんちゃ坊主。
コーデュロイ.jpg

中学のとき、ケンタッキーの少女と文通をしていた。1981年夏、ボストンからロス・アンジェルスまでグレイハウンドのバスで大陸横断したとき、ケンタッキーのペンパル宅を訪れ、彼女のお母さんからいただいた人形。私の赤毛のアン。
少女とクマ.jpg
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またも体重減少



自分では食べているつもりだが、4日で1.6kg減少、43.8kgになっていた。
ちょっと、嫌な感じがする。

日・月と休日続きで、自宅でのんびり過ごしている。
金曜はGEM点滴で、やはり熱発、しんどかったので午後は職場に出ず自宅でゴロゴロ。土曜も7.6度あったので、辛かったが、10時から5時過ぎまでクラス。家を出るときからキャンセルが頭にあったが、地方から社会人の学生が集まってくるので絶対にそれは無理、もう帰りはフラフラ状態だった。やはり微熱があるとだるさは倍増する感じだ。それでも、帰宅して入浴し、軽く食事をして早めに寝たら翌日はすっかり熱が下がっていた。

金曜日の診察は、A先生が学会で留守だったので、入院中にお世話になったB先生。とても嬉しかった。A先生は、父親イメージで、どうしても"よい子"になってしまうが、B先生は兄イメージで、甘えが出せるし言いたいことが言える。もちろんA先生にも言うべきことは言っているが、大変なときにお世話になった分、心理的に距離感が違うのだ。

体重は、なんとか45kg以上をキープしたい。
体重減を心配するなど、以前の私だったら考えられないことだ。太りやすい体質で、あと5kg落としたいと思いつつなかなか減量できなかった。
1年間で約20kgダウン、これだけ体重が落ちているのだから、家にいても何もやる気が出てこないのは無理もない。

もう少し、食事内容に気をつけなくては。ご飯に漬物、辛し明太子といったあっさり系に和風甘味では、やはりだめだ。

今年の夏のお気に入りスィーツは、なんといっても、「たねや」の"のどごし本生水羊羹"。なんの変哲もないプラスチックのカップに入った水羊羹だが、ジュレのような感じでうっすら甘く、本当にのどごし爽やか。2つでも3つでも、ペロリと食べてしまえる。他社のゆず風味、その他いろいろ試したが、今年はこれが一番。
次は、大阪・千鳥饅頭の葛豆腐(小豆味)。

以前は、夏といえばハーゲンダッツのバニラ・アイスクリームだった。太るからよくないと思いつつ、パイントで買ってきて1-2日で平らげていた。
若かりし頃、ボストンで最初の夏を過ごしたときに、ハーゲンダッツのハニイ・バニラにはまった。当時も、パイント(470ml)で買ってはすぐに食べきり、またたく間に体重が増えた。アメリカでは売っているのだが、日本ではどこのショップでもハニー・バニラには出会えなかった。バニラともリッチ・ミルクとも異なり、蜂蜜の香りがアイスクリームによく合っていた。

最近は、すっかり洋菓子系を受け付けなくなってしまった。あんなに好きだったのに。

携帯で撮り初めの写真を2枚。
水羊羹とはまたちょっと舌の上の感触が異なる葛豆腐。
くず小.jpg

入院中、つらいときに左手で握り締めていた白くま。お見舞いには案外男性患者であっても、こんなものがいいのかもしれない。ギュッと握り締めたり、みつめているだけで和んだ。
白熊.jpg
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2006年07月14日

この夏を乗り切る(対処)



NICの記載から続き。以下、外来化学療法を受ける患者が知っておくこと。

@ 疲労感と抑うつを区別すること
A 水分摂取、電解質バランス、呼吸、貧血への注意 (下痢があるとどうしても水分を控えてしまうが、それは逆効果でかえって水分補給が大事、また、化学療法を受けるときはポカリスエットなど積極的にとる。)
B 休息と活動のパタン
C 注意を回復するような活動に従事すること(to engage in attention restoring activity) 例えば、散歩、園芸、バードウォッチングなど
D 副作用としてのfatigueを認識する
E 適度なエクササイズ
F どんな活動をすると疲労感が増強するか
G 食事・水分摂取
H 重要でない予定はキャンセル、ほどほどに予定を組む
I ストレスをためない

その他:
夜間の睡眠時以外は、身体を横にしないこと。昼寝は1時間以内。夜は熟睡するように気をつける。
適度なエクササイズは大事、身体を動かした方が身体的エネルギーがアップするし、食欲もアップ、QOLも向上する。

以上を参考に、私の対処メニューは下記のとおり。
1.仕事・・・家でできることは家でする、職場に出る回数は夏の間減らす(消耗を防ぐため)、他の人のことは気にしない、意地で無理をしない。但し、やらなければならいことは、最終的には優先度をどこに置くかにかかる。
2.きちんとした睡眠確保・・・私の最大問題。家にいるとどうしても昼寝時間が長くなり、夜ふかしをしてしまう。昼間、寝ないこと。
3.適度の散歩・・・早朝、夜間、少しだけ外の空気を吸おう。
4.食事・・・タンパク質をしっかり取らなくては。最近では、外食より自炊の方が美味しく感じるようになった。いい傾向だ。但し、家にいると食事回数が2回になってしまう、きちんと3回食べる工夫をしなくては。
問題は、早食いを改善すること。(仕事柄、5-10分で食べる。)
一口一口、ゆっくり噛んで。ジュースも一気に飲まない(その後必ず下痢をするのが分かっているのだから)。
5.エアコン対策・・・常時、ドライに設定してあり身体が冷える。消せば暑いし。なんとか工夫の要。
6.入浴、アロマ、マッサージなど、気分転換の方法をみつける。 

ストレス対処はまた別の機会に。以上、子ども時代の夏休み過ごし方みたいだ。結局、どれも実行できたためしがなかった。
しかし、そうも言っていられない。今年の夏は山場だ、乗り切らなくては。
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この夏を乗り切る(敵を知ろう)



体重を維持し、体力消耗を最低限に抑えて、なんとかこの蒸し暑い夏を乗り切るためにはどうしたらよいか?

まずは、敵を知ることだ。
この場合の敵とは、"cancer related fatigue" がん関連疲労症候群とでも訳すのだろうか。

National Cancer Insttute の記載より。
Fatigue(疲労)とは。
14-96%の患者が訴え、疲れやすい、消耗、倦怠、エネルギー低下、活動不耐、力が出ない、etc、いろいろな表現で表す。エネルギー低下による活動量低下がもたらす苦痛。
他の疲労感と、癌関連の疲労感を区別する必要あり。
急性の疲労感は正常で、休みを取れば回復するが、慢性疲労は、休みをとっても続き、原因・作用機序は不明。
癌関連疲労は、癌の進行そのものと関連する場合と、脳・脊髄システムと関連する場合、放射線や化学療法とが関連する場合がある(後者では、吐き気、嘔吐、慢性疼痛、体重減少などが疲労をもたらす)。

化学的治療に伴う副作用:
風邪引き症状と似ている、熱、寒気、筋肉痛、頭痛、不快感、認知機能の低下(明晰に考える力が衰える)など。
貧血に伴う疲労感:骨髄機能との関連 Hb,赤血球,白血球,血小板など
栄養に伴う疲労感:
癌の成長によるエネルギー消費、下痢、腸の機能障害、食事量低下
心理的要因:
疲労感を訴える40-60%の患者は、がんそのものからではなく、不安と抑うつから訴える。
睡眠:
夜間の睡眠障害、日中の過度の睡眠、日中活動量低下は、fatigueと関連。
日中は不活発で夜中起きている人(私のことだ!)は、high level of cancer related fatigue を訴えるとのこと。

つまり、体力維持・体重低下予防を考えるには、全体的な身体状況を把握しておくことが大事だ。
各種血液検査のデータ、体重変化、日々の活動量、睡眠、食事摂取と栄養状態(血中タンパク、アルブミンなど)、排尿・排泄のパタンなど。
化学療法に伴う副作用、がんの進行状態など。

貧血があれば、まずは医師に相談して治療にあたること。 (続く)
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フィンランド



蒸し暑いし、重苦しい話題が続いたので、閑話休題。
私は、1989年以来、フィンランドの友人訪問から始まり、仕事の打ち合わせ、学会、その他で、何回もいろいろな季節にフィンランドに出かけている。

2002年3月、春休みを利用して仕事とは関係なく、トゥルク(フィンランドの南端にある古都)の友人宅を訪ね、その後、極北まで出かけてオーロラを見に行った。3-4泊してオーロラは白い影のようなものしか見られなかったが、日中、雪の中を一人楽しんだ。この小さい写真は、犬ぞりに乗ったときのもの。レンタルのウェアに身をつつみ、数頭の犬ぞりを操るのだが、運動神経の鈍い私は、途中タイミングが合わずに犬に振り落とされてしまった。立って乗るそりはとても簡便な木製で、一応、ブレーキらしきものは付いているのだが、要は足ふみペダルのみ。リーダー犬との呼吸が大事なのだ。すぐにサーメ人のスタッフが来て、乗り手を振り落として勝手に走り去る犬たちを止めてくれ、再度出発。雪原を犬ぞりで走るのは、頬を刺すような空気と広々とした大地と森と、なにものにも換えがたい経験だった。51歳の私は少女のような一瞬を過ごした。

犬ぞり小.jpg

古都トゥルクのシンボルともいえる教会
トゥルクの教会小.bmp

以下の2枚は、残念ながら私が撮った写真ではない。
絵葉書をスキャンしたもの。幻想的な風景が気に入っている。

雪景色
雪景色小.bmp

木と湖
木と湖小.bmp


若い頃から旅行が好きだった。一人でどこへでも出かける。多分、30数カ国は巡ったろうか。もうそれだけ行ったのだから十分ではないか、というのはとんでもない。体力が衰え炎暑をヨタヨタと歩く私は、もう、あんな風に犬ぞりに乗ったりできないだろうことが悔しい。でも、あきらめない。
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2006年07月13日

全身麻酔と歯の噛み合わせ



重い腰をあげて、5月末から歯科に通っている。
昨年11月16日に全身麻酔の手術を受け、奥歯の噛み合わせがずれてしまった。右奥歯は上下がかみ合うのに、左奥歯が上下くっつかずに浮いている。
術後3-4日して気が付いた。

事前の麻酔科オリエンテーションでは、全麻で前歯をやられることがあるとは聞いていた(エアチューブをぐっとかみ締めるので前歯を折る)。
歯科医も言っていたが、奥歯のかみ合わせ不良というのはめったにないらしい。しかし、現に、左奥歯が上下かみ合わず、咀嚼にいたって不便。

同時に大きな虫歯もいくつか発見。歯科通院が延々と続いている。
噛み合わせ不良は、顎関節症の疑いもあり、一度、口腔外科の診察を受けるようにとのこと。(あごは痛くもなんともないので心配はない。)
顎関節症がクリアされれば、噛み合わせ不良は、このまま、虫歯治療を終えて、受け入れていかなければならない。

12時間もの大手術だったのだから、その間、麻酔下にあってぐっと力を入れていたのだろうから、仕方ないのかもしれない。
posted by 萩 at 22:47| 大阪 ????| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

タルセバその後



服用開始して、そろそろ2週間になる。
顔面の発疹は、3日ほどマイザー軟膏(コルチゾル入り)を塗布したら赤みが抜け、今日などはすっかり消えていた。
かえって拍子抜けしてしまう。

N=569人のすい臓がんデータでは、発疹なし=5.3ヶ月(平均生存月数)、grade1=5.8ヶ月、grade2以上=10.5ヶ月 となっている。この場合の平均は中央値で、低い順から並べてちょうど真ん中(50%め)の人の生存月数の値である。
非小細胞肺がん、頭頚部癌、卵巣がんでも同様のデータ。grade2の発疹というのは、どれくらいのものを指すのだろう?
アジア系、女性、非喫煙は、よい反応を予測する因子。
(以上、A review of erlotinib and its clinical use, Expert Opin. Pharmacother, 2006, 7(2) より)

下痢の方も、落ち着いてきた。軟便もあれば水様便もあり、後者の回数が減った。

今日、気がついたのは、やはり体重減少。
この10日ほどで2kg減、45.4kgになっていた。退院後の1月中旬で52kgあったから、毎月1kgほどコンスタントに落ちていたことになる。

今日は暑かった。1時からの会議に少し遅刻しそうで、1km余りの道のりを歩くのがとても辛く、倒れそうだった。大阪市内(家の近辺)ならすぐにタクシーがつかまるのだが、南大阪の田舎になると流しのタクシーもない。(東京都内でも流しのタクシーがなく不便な思いをしたが、今日ばかりは”このど田舎”と呪ってしまった。)

これから8月、9月と猛暑の日々、寒い時よりも病者にとってはしんどい季節かもしれない。体力を落とさないよう、体重を維持するよう、気をつけないといけない。
posted by 萩 at 22:29| 大阪 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月11日

サイトめぐり



時々、どうしてこうもマゾっぽいことをするのだろうと我ながら嫌になる。

週末に仕事をかなり持ち帰ったので(土曜集中ゼミのための論文読み)、自宅で仕事をするつもりで一つだけあった約束をキャンセルして、1日家にいた。朝食後、取り掛かる前になんとなくネットを立ち上げ、それからというものこの時間まで、またもやすい臓がんの当事者(本人・家族)の日記を隅から隅までなめつくすように目を通していた。「闘病ーすい臓癌」という一覧の一つ一つ、これまでに散々目を通したものを改めて読み直し、それでも飽き足らずにyahooやgoogleで検索して、引っかかったものを始めから終わりまで読んでいた。間に、昼食・夕食をとりながら。椅子に座っているとお尻が痛い・・・とボヤキながらソファに横になることもせず。

東京のH医師や千葉のI医師へのセカンドオピニオンを申し込むつもりで、ネットを立ち上げたのに、すっかり忘れて読みふけっていた。
一体、なんなのだろう、この心理は? 
私が知りたいような、臨床データの載った記事は数限られていて、大半が家族の方の苦悩に満ちた闘病記ではあるのだ。
やはり、どこかで、自分がこれからとるであろう経過を探しているのだ。
一体、どれくらいの期間で、どういう状況を迎えるのだろうか・・・と。
心の中で計算しながら。

自虐的なことだ。と同時に、やはり知りたい気持ちも強い。
具体的な情報が限られている。何十例も扱っている医師ならカルテがあって、おおよその経過がみえるだろうに。当事者が読めるような、事例集があるといいのだが。当然、ケースバイケースで一例ごとに異なるから、当てはめて考えることはできない。それは分かっていても、これからの進行はどうなるのか、そのために打つべき手はどんな可能性があるのか、知りたい。
posted by 萩 at 22:57| 大阪 ????| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月10日

腫瘍マーカが大幅アップ



気が重くて書く気がしなかった。
先月、6月6日のCEA=30.3、CA19-9=166,100だったのが、1ヵ月後には大幅アップだ。7月4日実施分で、CEA=91.6、CA19-9=197,206。
気になるのは、CEAが30.3から91.6に上がったことだ。
     4/28   4/5   3/9   2/1   12/15
CEA    6.1   5.3   7.1   3.6    2.4
CA19-9  4,222   600  729  926  227

やはり、4月末からが問題のようだ。GEM(800mg)単独では維持できなくなり、CEAが7.1になったあたりでGEM(600mg)にUFT内服を追加。これは効果なし。やはりというべきか、本に書いてあるとおりだった(UFTは効かない)。
CTが5/30で、ここで転移が見つかり、直ちにTS-1に切り替えることにした。
CT検査は、3ヶ月に1回では遅い。2月22日にやって、やはり4月中に受けておきたかった。

問題は、6月14日から内服を始めたTS-1(80mg)。多少は効果があるのかと期待していたが、CEAが30から90に上がるのでは、全く効果なしと考えざるを得ない。タルセバに変える決心をしてよかった。これも、ダラダラと1-2か月様子を見ようと使っていたら、効果のないまま時間を費やしていた。

7月1日からタルセバ(150mg)を開始。1週間して顔の中心部に小さな発疹がでるようになった。化粧をすると目立たないが、鼻はトナカイのように赤く、唇の周囲、眉間などにも発疹あり。
下痢も少し頻度が増したようだ。TS-1のときは軟便程度だったのが、明らかにタルセバの副作用の下痢だ。
べりチーム、ガスモチン、それに7月7日(金)からリーバクト(4.5mg)を出してもらうようにした。リーバクトは血中アルブミンが2.9と3を切っているから。これは、粉薬で量が多く飲みにくい、2回に分けてもどうしても「オエッ」となってしまう。つい、省略ということになる。

A先生は、なぐさめるように、ASTやALTなどの肝機能が改善していると強調していた。腹部触診でも、変わりないですよ、と。確かに、肝臓転移があるのに奇妙なのだが、2月から5月まではこの2つは値が高く肝機能が心配だったのだが、6月からほぼ正常範囲に落ち着いている(r-GTPは変化なし、やや高め)。

次回、8月1日がCT検査。
この病気になってから、いつもニュースは思惑より、悪い方へ悪い方へと進んでいるので、もうなんの期待もしていない。せめて画像に写る数が増えていないこと、拡大していないことを願うのみ。

タルセバだが、GEM単独よりは、奏功(complete response+partial response+stable disease)が、よいとのこと(併用の場合57.5%、GEM単独では49.2%)。1年後生存率も、17%から24%へ。Hazard Ratio のデータの読み方がよく分からない。以前に学んだ記憶があるのだが、忘れている。A先生からもらったタルセバ評価に関する最新の英語論文コピーを繰り返し読んだ。
分子標的治療薬(イレッサ、ハーセプチン、リツキサン、アバスチンなど)には、患者であれば期待してしまう。

その他、体調面ではとくに気になることはない。
GEM点滴の金曜、翌日土曜は、37度台から38度の微熱が出る。にもかかわらず、金曜や土曜に仕事が入ることが多く、この両日が辛い。先週も今週末も、本当にしんどかった。
倦怠感、疲れやすさ、下痢、下肢の浮腫。筋肉量低下によるお尻の痛み。
こんなところだろうか。食欲はある。ありがたいことだ。

この日曜はゆっくりでき、夕方数時間うたた寝してしまった。もうそろそろ床につかないといけない。やはり休日をしっかり休むことが大事だ。
自分では、ペースダウンしてのんびりしようと思っていても、この4月・5月・6月は結構、忙しかった。腫瘍マーカ値の悪化と、私の生活スタイルが関係しているのだろうか?
自分では、そうは思えないのだ。免疫とか生活とか、そんなやわなものではなくて、病気の方が圧倒的に勢いがよく、それに遅れ遅れ治療が後を付いて行っているような気がする。
ともあれ、炊き立てのご飯に塩鮭と糠漬け(朝/昼)、牛肉と玉葱たっぷりのすき焼きもどき(夕)、各種フルーツをたっぷりと好物の水羊羹、食事が美味しく食べられるのは本当にありがたい。当たり前のようでいて、この病気を病むと、それさえもが僥倖になるのだ。
posted by 萩 at 04:24| 大阪 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月06日

辺見庸講演会、他お返事



風花さんへ

お久しぶりです。そうだろうな・・・と思いながら、やはり、どこも大学は大忙しのようですね。組織のためのコマの一つ・・・、そうなのかもしれません。

先日、6月24日(土)夜に大阪市中央公会堂で、辺見庸講演会があり行ってきました。「憲法改悪にどこまでも反対する」というテーマで、でも他の社民系のイデオロギッシュなそれとは違い、彼らしい個性的な憲法論議でした。

病気体験に始まり、わが生を生きることは恥との向き合いであり、尊厳も恥じもわが内にあり、彼にとっては真剣な言葉を発していくことが生きる証・・・といったような内容でした(私の受け止め方では)。
もっとアジテーションぶっているのかと思いきや、淡々と、静かに、OHPに大事な言葉を映しながら、言葉を紡いでいる感じでした。個々の条項についての議論は忘れましたが、左手で走り書きした言葉の数々は、なぜメモしなかったのかと今にすれば残念に思われてなりません。右手は麻痺がひどく、左手で重たそうに抱えていました。
満員の参加者で、私もそうでしたが、直前に到着した大半100人以上は3階の別室でスクリーンを通して講演を聴くという大盛況。ご本人も、興にのったようで、6時半開場9時近くまで続きました。
老若男女、憲法論議にこれだけの関心が集まるのだということも驚きでしたが、なにより、辺見庸にとっては、不自由な身体をおしての2年ぶりの講演会で、励まされたことだろうと思いました。

健康であることは、本当に、僥倖なのです。
辺見庸は、右半身麻痺も癌も、苦しさは言葉にならないが、それでも物書きとしてある透徹さをあたえてくれて、今となっては自死どころか、自分の病気はなにものにもかえがたい、と言っていました。

それを聞きながら、凡人の私は、そうだろうか・・・と、私は、健康になれるのならなんとでも交換してほしい・・・と思いました。わずかばかりの老後の蓄えも、たいした資産価値もないけど東京のマンションも、お気に入りの宝石類も手放してもいい・・・と。
ただ、ゲーテのファウストではないけれど、唯一、魂とだけは交換したくない。魂を売ってまで、健康を手に入れたいとは思わない・・・、そう思いました。健康であることはありがたい、病気は、なんであれ、人生の重たい負荷です。


ポンタさん、bushdogさんへ

お父様、食欲を回復されてよかったです。
すい臓がんの下肢の浮腫みは、たしかにリンパ浮腫(リンパ節を廓清した後に生じる浮腫はもっと重症)ほどではないにせよ、それでも辛いものです。
私は、半身浴後に、ジュニパー・ベリーという精油で足のマッサージをしています。寝るときは枕を二個置いて足を高くしています。これだけで、ずいぶん楽になります。
もし、お父様の浮腫がひどいようなら、マッサージはいかがでしょう?

bushdogさんの言われるとおりで、すい臓がんには、体重低下と筋肉量の低下が目立ちますね。
私も、四肢のやせ細りには、自分でもびっくりします。顔・胴回りやお腹はちっとも変化ないのに、四肢・お尻、背中や胸は、げっそりしています。お尻の筋肉・脂肪がなくなり、イスに長時間座っていると、尾てい骨のあたりというか、お尻が痛くなり困ります。講演会のときも、パイプ椅子で辛かったし、自宅の椅子でもついソファに横になるのは座っているのが辛いからなんですよね。
胸はあばらが目立ち、乳房はかろうじて片鱗の乳首が残るのみ、90歳の老婆のようです。なのに、お腹周りは張っている、奇妙なもんです。それでも、洋服を着て、おざなりでも化粧をし、荷物を持ち、職場に行けば、それなりに忙しく立ち働き病気を忘れます。

ポンタさんも、bushdogさんも、お父様のよき相談相手になって差し上げてください。私も、6月は2度上京し、短時間でも父の顔を見てきました。病気のことは詳しくは話していないので、80歳を迎えて、こんな娘でも頼りにされているのを感じました。
残念ながら、いつも忙しくてまだ「尾花」には行かずじまい。この次こそ・・・と友人たちと相談しています。
posted by 萩 at 00:30| 大阪 ?J| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記

2006年07月05日

4個の肝臓転移発見(ショック)



PC復旧が遅れた訳は、もう一つ。それどころではなかったのだ。

5月30日(火)のCT検査で、ついに肝臓転移が4個、みつかった。2cm大が1個、あとは1cmと1cm弱が2個。なんと、6月6日(火)の腫瘍マーカ結果は、CEAが30.3、CA19-9が166,100。
4月28日(5月分)の、CA19-9がたしか4,000台で、かなりショックを受けていたので、16万という値には愕然としてしまった。

11月16日に手術して、結局、7ヶ月しか持たなかったことになる。その間にも、徐々に腫瘍マーカ値は上昇していたので、GEM単独も、GEM+UFTも、あまり効果がなかったことになる。
6月9日(金)のA先生の診察で、転移のことを告げられ、直ちに処方変更。GEM点滴はこれまでどおり600mgを月3回(3投4休)、UFTからTS-1(80mg)を内服。ただし、UFTからTS-1に移行するときは1週間、間をとらなければならない(同じ5FU系なので)。TS-1は副作用がきつい・・・と言われていたが、幸い、私はほとんど苦痛はなかった。

いろいろ考え、6月14日から30日まで2週間、TS-1を内服し、7月1日からタルセバを個人輸入して、150mgを毎日1回内服している。
TS-1もすい臓がんには保険適用にはならないので2週間分で42,000円余りかかるが、タルセバは30錠で375,000円+α(FEDEX手続きが9,200円)。高価だ。

7月4日に腫瘍マーカ検査をしているので、あさって金曜の診察で結果が分かる。2週間のTS-1がどれくらい奏功していたか・・・だ。
タルセバは、内服して1週間から10日くらいで皮疹の副作用が出るそうだが、この副作用が出ないと、あまり奏功しないらしい。毎朝、鏡を見ながらニキビが出てないか見ているのだが、残念ながら皮疹の傾向は見当たらず。下痢の副作用は、しょっちゅう、お腹がゴロゴロしている感じで、TS-1のときには少し軟便から普通便に戻ってきたかな・・・と感じていたが、タルセバにしてから、またお腹の調子が下痢気味だ。こちらの副作用は奏功とは関係なし。

2週間分のTS-1は、自費になるので近くの関連病院で処方してもらった。こちらで腫瘍マーカも検査してくれるというので、再来週あたりにもう一度受けてくるつもりだ。

というわけで、当初はかなり落ち込んでしまったが、すい臓がんは落ち込んでぐずぐず言っていられるほど悠長な病ではない。早急な対応が重要とのこと、時間との勝負・・・、TS-1、タルセバと、あわただしく治療方針を決めていた。こうなると、患者が治療の主導権を握ることになる。こういうときに主治医が変なプライド意識で気を悪くしたりしない・・・というのは、ありがたい。A先生は、薬会社からタルセバの英語論文を取り寄せてくれたり協力的だ。次回CTは、少し早めに7月下旬か8月上旬に予約を入れてこよう。
posted by 萩 at 22:44| 大阪 ?J| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記

ようやくPC復旧



5月23日から日記を休んでしまった。前回コメント欄が16件にも増えて、その間にもアクセスしてくださる見ず知らずの方々が今までどおりにいてくれたことが解析でわかり、本当に心苦しかった。
ご心配をおかけしました。

やれやれ、だ。
弱り目にたたり目とでもいうのだろうか。3月以降、体調がおもわしくないのに忙しくしていて、ついうっかりNTTコミュニケーションズ(プロバイダ)とNTT西日本の支払いを溜め込んでしまった。(どういうわけか、これだけ自動振込みの手続きをしそびれていた。)プロバイダからの督促状にあわてて請求書をみつけて支払いを済ませ、もうこれで安心と思って、NTT西日本のことを忘れていた。
それで本人には直接なんの知らせもなく、回線の断線だ。断線していることも気づかず、あれこれプロバイダ接続に時間を費やして、ようやくNTT契約が解除されていたことが分かったしまつ・・・。(本人ミスだから、怒っても始まらないが、しばらくはNTTへの腹立ちから立ち直れなかった。)

そうこうしている内に、今度はPCが不具合、OS not Found という訳のわからないメッセージが出てきてWindowsが立ち上がらない。

と、いろいろあったが、本日、NTT西日本からのBフレッツも復旧、業者にPC設定もしてもらい、ようやくネット接続が戻った。但し、PCはどうも不安定で、先ほどもまた同じ OS not Found というメッセージが出て焦った。

これからは職場PCや携帯からもブログに投稿できるよう、設定しなおしておこう。
4年近く使ってきた古い携帯を、これを機に新しくした。CASIOのW41CA、ノルディック・ホワイト。音楽がとてもいい。ペンギンの待ちうけも可愛くて、自動的にいろいろ変わるのが楽しい。写メールはこれから挑戦。
器械には振り回されるが、便利なので、もうこれがないとやっていけない。
posted by 萩 at 21:59| 大阪 ?J| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記