2006年03月22日

3年前の今日(3/21)



野球にはあまり興味のない私でも、WBC(World Baseball Classic)の最終戦は、朝のタクシーでも国際セミナーの会場でも、セミナー終了後の会食の席でも話題にのぼったほどだった。王JapanがCubaを制して初代チャンピオンになったのは本当によかったと思うが、この話はそのくらいにしておこう。

3月21日は、米国のイラク侵攻を、ソウルのレストランの大画面で知るという印象深い出来事があった。3年前のことである。

今日と同じように、3年前のその日、ソウルのとある会場で、韓国・フィンランド・日本の友人たちと国際セミナーを開催していた。私は、パワーポイントの資料を沢山用意して2時間に及ぶ英語の講演を無事終了した。1日の長いプログラムが終わり、夕食は韓国側の招待だった。
そこで大TV画面に映し出されたのは、戦闘機やトラックに乗った米兵が続々とイラクに侵攻していく様だった。韓国側の友人たちと、これからどうなるのか、また新たに政権についたばかりのノムヒョン大統領はどう反応していくのかなど話題になったが、それ以上は続かなかった。
もっぱら共通の仕事上の話で終始し、楽しい一夜であった。

辺見庸の本を読んで、「9.11とアフガン、イラク戦争、それらへの日本のかかわり、侵略戦争反対と自衛隊派遣の不当性」といったことに、身をさいなんできた人から、鵺(ぬえ)のようなサイレント・マジョリティの一員であった自分を指摘された思いだった。
友人の一人は、当時、止むに止まれずデモに参加したと言っていた。そのとき、平和なデモ行進(主催者はパレードと呼んでいたそうだ)がどれほどの意味があるのかと、私は懐疑的だった。
今、思うことは、自分の鵺のような態度への反省といった殊勝なことではなく、わが身・命を削ってまでも、そのことにかける人がいるという、そのことへの驚きと賞賛だ。そういう人が、どうして、右半身麻痺や癌に侵されなければならないのだろう。

3年前と同じように、今日も、国際セミナーを開いていた。基調講演は、医療人類学の波平恵美子氏で、病の個人的意味づけと、それによって生ずる苦痛・苦悩(suffering)、自分自身の存在の揺らぎ、救いの得られにくい昨今の状況など、心にしみる話だった。
4カ国の演者によるシンポジウムは、初回のこととて深まるところまではいかなかったが、それでも興味深い側面がいくつかあった。なにより、こうして集まり、また次の機会を約束し、大いに笑い、美味しい料理に舌鼓を打ち、共通の体験を分かつことに意味があると思う。

帰宅して、3年前の写真ファイルを見ていて、私は今日、同じシルクのスーツを着ていたのに気がついた。はちきれんばかりに太ってぴちぴちだったスーツは、10数キロを失って、すっかりゆるゆるになっていた。
3年という歳月が、病を得て、なにか奇妙な、遠いかなたの隔たりをもって感じられる。


3年前のソウル・レストランでの写真(伝統音楽の演奏付き)
Mさんは、覚えておられるだろうか。

レストラン入り口、出迎え
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広い板の間に、大きなお膳ごと料理が運ばれる
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韓国の友人たちと、マッコリ(濁り酒)を飲みながら会食
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料理の数々、食べきれないほど多彩な皿が並ぶ
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伝統音楽の演奏を楽しみながら
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posted by 萩 at 01:53| 大阪 ????| Comment(5) | TrackBack(0) | 日記