2006年08月11日

御礼



そろそろ病院に戻らなければならない。手短に・・・。
この数日間、東京や関東など遠方からも何人かの方々の心温まるお見舞いを頂戴した。久しぶりに会えたのは嬉しく、私はすっかり甘やかされてしまった。いずれ退院したら、病室がどれほどにぎやかになったか、写真でお伝えする。

円谷選手の遺書みたいな文面は書きたくないので、いちいちは書かないが、本当にありがとうございました。ご心配ばかりおかけしてすみません。
でも、気力は十分・・・。

セカンド・ハグも、多分実現はしないだろうが冬のフィンランド行きも、あれもこれも、やりたいことは沢山あるのだから、前向きにがんばるつもり。

このブログをご覧くださっているご家族の皆様も、患者は時に弱音を吐きつつ、そうやってまた気力を高めていくこと、ご理解ください。
弱音を吐くときは吐く。落ち込むことは当たり前だ。I先生ではないが、気持ちだってアップダウンがあり、そのバランスを維持することも大事なんだと今これを書いていて気がついた。(当たり前だのクラッカー)

最後に、ちょっとした愚痴。
数日前に、私の病室にものすごく大きな蚊が侵入してきた。首筋に2箇所、たっぷりと血を吸っていった。がん患者の血を吸う蚊って、なにさ・・・と私は夜中一人毒づいた。血を吸った蚊は、やはり癌になるのだろうか?


posted by 萩 at 15:49| 大阪 ☀| Comment(110) | TrackBack(15) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

セカンド・オピニオン



府立成人病センターに行ってきた。I先生。
職場の人たちも何人かこのブログの存在を知っているので、なかなかに書きにくくなってきた(悪いニュースの場合には、とくに)。
しかし、当初の覚悟どおり、なるべく直裁に記録を残していこうと思う。

1.現状
肝転移(2+)、局所再発(2+)、腹壁浸潤、低栄養、肝機能障害。
一番厄介なのが、腹部の癌による腹水増加。胆管拡張はそれほど見られていない、故にカテーテル挿入による減黄処置はあまり意味がない。黄疸が下がらないのは、肝臓へゆく血流が減少し、脂肪肝ともあいまって肝機能低下によるもの。

2.対処
まずは、なによりも栄養状態を改善し体力アップを図ること。
全身状態が改善しない限り、抗がん剤治療はできない、かえって体力を消耗させるだけ。
動注リザーバは、この段階では、あまり意味がなさそう。肝臓の正常細胞もかえって痛めてしまう。
ハイパーサミアは、これまでのデータでは効果が見られていない。43度に上げるので、こちらにしてもかなりの体力を必要とする。今の状態ではマイナスが大きい。
腹腔内タキソテール注入は、やったことがないので分からない。上と同様に、あちこちに癌が散らばっているので(肝臓etc)、余り意味はないだろう。
治療には、体力と抗がんのバランスが大事。
まずは、化学療法が可能になるような状態にもどすこと。
GEMとTS-1あたりが、もっとも妥当な線。タルセバは、アメリカで大きく喧伝されたが製薬会社の関係もあり、使用郡と非使用郡では大差なかった。(まぁ、確かに有意差は4-5ヶ月だが)。タルセバは使ったことがない。

以上のようなところ。
年配の医師でもあり、どちらかというとクラシックな(保守的)診立てをされたように思う。まぁ、往々にしてこうした診立てが妥当することが多いのだろうとも思う。

主治医のA先生の見解とほぼ同じ。物柔らかな温厚そうな印象の医師で、若手のバリバリ新たなことに挑戦するタイプとは異なる印象。
私が、あれこれ質問するものだから、そんなに勉強せんと、ゆっくりして体力つけて楽しいことをやんなさい・・・と。
つまりは、・・・ ということだ。

まぁ、行ってみてよかったと思う。
いろいろな人たちの意見は参考になる。だからといって、ショッピングばかりもしていられない。
ともあれ、仰せのとおり、体力・栄養改善 だ。
至極当たり前のことを言われて、それ以外にもっとアグレッシブな手がないのかと、やや不満でもあるが、妥当とはこういうことなのだろう。






posted by 萩 at 15:33| 大阪 ☀| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月07日

お返事

早速のコメントありがとうございます。勝ち気な私が思わず涙をこぼしてしまいました。
本当に壁は越える為にあるんですよね。頑張ります。
今日初めて携帯から記事投稿にトライしてみました。結構面倒なものですね。コメント書き込みの方がずっと楽。でも新しい携帯メールに随分慣れてきました。
少し勉強して、セカンドオピニオンに備えます。医師に負けないようにしなくてはね。
励ましのコメントありがとうございました。
posted by 萩 at 18:41| 大阪 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

現状



府立成人病センターへセカンドオピニオンの申し込みのため外出許可をもらう。セカンドオピニオンは、後日、予約日の連絡がくるとか。患者にとっては面倒な手続きだ。ついでに、短時間だけ自宅へ。メールチェックその他。

センター医師への病状説明書のコピーはB先生からもらった。
簡単にまとめると、下記のとおり。
@肝臓内の転移がかなり増え、正常細胞が減少、肝機能低下。肝内胆管も腫瘍で圧迫されている。
A表皮から触れる程度の腹腔内腫瘍があり、それも胆管炎と関係。
B腹水が徐々に増加。
C目下は、腹水の減少と全身状態の改善を待ち、その後に経鼻的にカテーテルをとおして黄疸の改善を図る。(黄疸は前回入院前と同程度に出ている)
おおよそ、こんなところか。
かなり、私が予想していた以上に状態は思わしくなく、入院も8月一杯かかりそう。ただ、こんな状態でも、全身状態が改善すれば退院は可能なので、後は自宅でゆっくり療養することになりそうか。
腹水は、本当に気味が悪い。少しずつ増えていっているのが自分でもわかり、お腹が膨らんできている。食欲もどんどん低下。現在はラシックス20mgで調整中。果物類が食べられ、やはり今回も命の食物と思った。
尿は、本当にびっくりするくらいのこげ茶色が2,000ccは出ているだろうか。
もう少し、ラシックスを増やせないのかと問うたら、脱水状態その他の危険があるので、血液検査を見ながら調整していくとのこと。
排便は、あれほど下痢・軟便が日に数回あったのに、今はようやく1-2回少量が出ているくらい。なんで、こんなに変わるのだろうかと不思議なくらい。かん下剤マグミットを、様子を見ながら服用中。

現在は、抗がん剤はストップ。今後の治療方針はまだ決まらず。タキソテールの腹腔内注射など、takeさんのお母様の治療を思い出し提案して見たら、腹水があるときに注射針を刺すのは感染の危険などかなりリスクが高いとのこと。もちろん、ケースバイケースだから、それが有効な方もいるだろう。私の主治医は、この病院ではやっていない、仮にやるにしても、麻酔をかけて腹腔に穴をあけて注入する大掛かりなことになるとか。
創部に生着した2つの癌の塊は、自分でも触れることができ、徐々に痛みが出てきたが、ピンポイントの放射線療法を尋ねてみたら、これも胃や食道に悪影響がでる可能性があるのでリスク大とのこと。
ということになると、私は抗がん剤があまり効かないのに、やはり抗がん剤に頼るしかないのだろうか・・・。

現在、服用している薬は、毎食後にべりチームとガスモチン、朝食後にラシックス20mg、1日2回程度(昼と寝る前)鎮痛解熱剤のロキソニン、その他頓服でマグミット。抗生剤の点滴が朝・夕に2回、電解質の点滴が2本。

というわけで、全身状態の改善待ちというところ。
成人病センターのセカンドオピニオンで何を質問すればいいのだろう?
もちろん、今後の治療方針だが、なんともこちらの準備のしようがない。

いろいろ覚悟はしている。昼間はいいのだが、夜間に尿回数が増えているので、どうしてもその後の寝つきが悪く、身体の痛みもあり、それが辛い。

先日、遠方から数名の方が見舞いに来てくれて、本当に嬉しかった。ここで、改めてお礼を申し上げる。
和歌山の実家に里帰り中の学部の教え子も見舞いに来てくれて、彼女自身、ながらく欝を患っているのだが、いい人にめぐり合え結婚・出産と元気そうだった。普通、「がんばって」は禁句というのがもっぱらなのだが、お互い、病中の身とあり、やはり、双方とも「がんばろうね」が別れのあいさつになった。それでいいのだと思う。元気な人から言われる「がんばって」と、お互い病を苦しむ身どおしが言い合う「がんばろうね」は、まったく意味が違うのだ。

私は、もう彼女にはこれが最後の面談かと覚悟していたのだが(今までも年に1回くらいしか逢えていない)、彼女との別れの挨拶で、次の会う日を約束した。もう1回、彼女に逢い、今回は残念ながら会えなかったベビーちゃんに今度は母子ともども会おうと思った。

18ヶ月の壁は承知している。なんとかこの壁は乗り越えたいと思っている(私にとってそれは来年4月)。別にさしたる未練があるのではないが、こんなことで、そう易々とまいってたまるかという思いもある。
なにより気がかりは、老父のこと。退院したら、H医師のセカンドオピニオンをもらいに、東京に帰ろうとは思っている。
しかし、不思議なめぐり合わせだ、東京生まれの東京育ちが、おそらくはこの大阪が最後の土地になるかもしれないのだ。幸い、よき友人・同僚たちにも恵まれたので、それが何よりかもしれない。
posted by 萩 at 11:36| 大阪 ☁| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月30日

緊急入院



金曜の午後からどうも発熱していたようで、土曜は38.8度、その後、土日と身体を横にして過ごしていたが、全然解熱せず。今日は39.5度まで上がり、ちょっとこれはまずいと、救急外来を受診してきた。今、戻ってきたところで、これから入院の仕度をして出かける。
28日の金曜日にはジェムザールはなし(休薬)、タルセバも24日あたりから休薬に入っている。本来なら倦怠感も軽減して楽になるはずなのだ。
どうも、胆管炎を起こしているとか、ビリルビン値も少し上昇し、CRPは明らかに炎症反応を示している。

というわけで、1週間程度で済むと助かるのだが、例の18階東に入院する。しばらく記事の投稿はお休みします。こういうときのために、携帯でも投稿できるのだが、そんな準備はしていなかった。
posted by 萩 at 18:51| 大阪 ☀| Comment(17) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月29日

フルーツバスケット



今日も外は暑そうだ。
メグさんのご主人は会社のゴルフコンペとか。私と同じ44kgまで体重が落ちているのに、すごい元気なので驚いてしまう。私は、どうも7月以降、不調続きで、5分も外を歩くと息があがり、身体がしんどくて仕方ない。
こうして土曜日、なんの予定もなく1日家でゆっくりしていられるというのは本当にありがたい。

フルーツバスケット
フルーツ小.JPG

桃、アップルマンゴー、オレンジ、レモン、キウイ、果物が豊富にあるのは嬉しい。
・・・と、ここまで書いていたら、ピーンポーンと宅配が届く。I先生から、沢山の桃やプラムの贈り物。どうもありがとうございます。早速、書きかけの記事はそっちのけで、桃、1個いただきました。甘くて果汁たっぷりで美味しい。入院中の沢山のゆずといい、岩手の甘いりんごと、いつもありがとうございます。

桃には思い出がある。
大学を卒業して1年目の七夕の日、今にして思えばありがちなことだが、当時の私にとっては大ショックなことがあった。ふだん食欲旺盛な私が、3日間、食物がのどを通らなくなり、唯一、桃とコーラだけを受け付けた。不思議と桃は食べられて、命の食べ物とそのとき思った。
入院中も、3-4日に1回は桃の缶詰がデザートについて、煮魚などに辟易していたとき、本当に嬉しかった。

食べ物には、その人の人生の歴史が刻まれている。
鰻が好きなのも、幼い頃の祖母との思い出だ。

辺見庸の「もの食う人々」という本では、食べる営みを通して、歴史や文化、政治も戦争も、地球上の人々の生のありようを伝えている。
円谷幸吉選手の遺書には、「○○さま、〜〜、美味しゅうございました」というリフレインが続き、我を殺した彼の生きようが伝わってきた。
食べるという行為は、その人の生を支えると同時に、生のありようを伝えている。

前回、職場の愚痴を書いてしまったが、嫌な人たちばかりなのではない。
十分な仕事もできない身なのに、気遣っていただき時折差し入れを頂戴することもある。
ずっしりと重たい大きなマンゴー、園芸高校の生徒さんが作ったきゅうり、7月にはとれたてのジューシーなメロン、高知の名産小夏、などなど。
きちんとお礼もしないまま、甘えていただいているが、ありがとうございます。

実家の父は、毎年、房州のびわを送ってくれる。館山の一つ手前、富浦は父の生家のあるところで、びわ山がある。子ども時代から、びわだけは贅沢に食べてきた。当時は、びわの木が成長期で実も大ぶりなのが沢山とれ、枇杷酒にしたり、1回で7-8個お腹が膨れるばかりにほおばったりしていた。近年は木も古くなり実もこぶりになったが、梅雨に入ると枇杷を思い出す。

果物は、病人にとってはありがたい食べ物だ。喉の乾きを癒し、体中に甘味が伝わり、食欲がなくてもどれも美味しく食べられる。

posted by 萩 at 12:23| 大阪 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月28日

愚痴



少しばかり愚痴を・・・。
昨日は午前10時から昼過ぎ1時まで、3時間に及ぶ会議があった。定例のこととで必要なこともあるし、時には有意義な議論もあるが、昨日は(というか多くの場合)空しい時間だった。一部同僚たちの身勝手発言に腹も立った。

朝は出掛けの時間もなくて、オレンジ・ジュース1杯にヨーグルト(200cc程、蜂蜜たっぷり)を食べて出たが、最寄り駅までのタクシー、その後の電車、ずっとお腹がゴロゴロし続けた。会議の最中も何度か席を立とうかと思ったほど。お腹がすっきりしないまま1時半過ぎに昼食、市販サンドイッチとオレンジジュース1本。

その後から、いつになくひどい下痢だ(水様便を頻回に)。仕事にならないのとトイレ往復で疲れてしまい、約束を2つ3つキャンセルして、3時半過ぎに職場を離れた。
数日来収まっていたのだが、下痢はもしかすると、精神的な部分も作用しているのかもしれないと思った。身体的な疲労と精神的なイライラ。

帰りにデパ地下で買い物、帰宅後、水分補給で大きな桃1個を食べた。桃は果物の中の一番の好物、どんなに食欲がなくても桃なら1-2個食べられる。この頃にはもう下痢は嘘のように止まっていた。

ゆっくり入浴(芳香剤を入れて1時間近く)。亜貴さんのコメントにもあったが、身体を温めるのは大事なことのようで、本当にほっとする。これは多くの患者さん方の記録にもある。温熱療法を受けると調子がいいという方もおられるが、やはり温めるのがいいのだろう。疲れたときは、まず入浴だ。
しばらくニュースを見ながらベッドでウダウダ。
夕食は、赤飯1膳、ほっけの干物、ナスの糠漬け、トマト。
その後、新聞読み、TVを見ながら、なんとたねやの水羊羹を2個、ペロリ。
早めに寝てしまったので、4時には目が覚めた。
やはり、目覚め際、今日の会議の不愉快さが何度も思い出される。

この2-3ヶ月来続く、空転するばかりの議論。ある企画を巡ってそれを実施するか否か。組織のためには強行に実施を主張するリーダー格2名、それについていかないその他大勢。足引っ張りの数名。
皆に意欲があるなら、それは行った方が明らかにいいのだが、やる気がないのなら無理する必要はない、私は、どちらに決まってもいいと思っているのだ。問題は、その間の議論の浅ましさ。

A教授曰く。「そりゃ、800万でも1000万でもそれくらいまとまったプロジェクト費用をだすというなら、やってもいいですよ(やる気はないが、多額の金を出すならやってもいい)」
しばらく前の会議での発言だ。足引っ張りの先頭役、心底、軽蔑した。
同様のネガティブ意見はいくつも。
ニヤニヤ薄笑いを浮かべながら本日のB教授発言。「この場で話すことなんですか、ちゃんと議題に載せてくださいよ。金の保証もないところでできることではないのだし。」(手続き論に還元することで、話し合いそのものを回避し反対する。同様に金の問題を出してくる。)  浅ましい。
はなからやる気のない(関わるだけの力量がない)C教授は、話す必要があるのかとなぜか怒って席を立つ。

延々と繰り返される空しい議論だ。

大学というところは、今、外部資金獲得を巡って血眼だ。大型予算がつけばついたで、利害に絡む思惑・嫉妬、その他さまざまな感情がうごめき、棚からぼた餅、金、金の話がついてまわる。本来すべきことは何なのか、なにが求められているのかはそっちのけで、本末転倒の世界だ。
そういう中で身をすり減らしている。時々、耐え難く空しくなってくる。

もう、議論はやめればいいのだと思う。
組織上の面子から、上層部に提言した人々には、下げるに下げられなくなっている事情もある。それだって愚かしいことだ。

こんなストレスが、私の身体のなかの癌を増殖させているのだろうか。
昨年10月、病気が分かり即入院、その数日後に、こともあろうに病室で春先に出していた大型プロジェクトの申請が通ったことが分かった。1年半で1億近い予算がついた。これはこれで、組織にとっては重大事かつ大事なことで、来春まで、成果を出すべく本当にがんばろうと思っている。原案は、今でも、ユニークで時代を先取りしたいい案だと自負している。

しかし、それにも関わらず、哀しいことだがこの組織にとっては時期尚早だったのだと思わざるを得ない。それだけのプロジェクトを動かすほどに成熟していないのだ。そういう意味で、限りなく空しい。
そのために身をすり減らすことが、限りなく空しい。

ああ、思い切り、愚痴を書いてしまいました。
不愉快な思いをさせて、読んでくださった方、すみません。
体力が消耗して、弱まるばかりのわが身の不安から、どうしても否定的になってしまうのかもしれません。また、元気を出します。






posted by 萩 at 06:08| 大阪 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

お返事(お気遣いありがとうございます)



ちょっと気落ちしていたもので、お気遣いのコメントを嬉しく拝見いたしました。ありがとうございました。

きむさんとは、takeさんのBBS(掲示板)でお会いしていますね。どうも"初めまして"という感じではなかったので、気になったいたのです。takeさんと同い年くらい・・・というコメント覚えています。
お父様は、TS-1がうまく奏功していますでしょうか。副作用がきつくないことをお祈りしております。(TS-1は副作用がきついと医師たちから注意されていましたが、私の感じでは、TS-1より今のタルセバ150mgの方が身にこたえる感じがします。)体重減少にはお互いに気をつけましょうね。

亜貴さんとは、はじめまして、ですね。これからもよろしくお願いいたします。
胃と膵臓と両方では、治療もなにかと大変だろうとお察しします。それでも、マーカーの値も落ち着いて画像上も縮小傾向というのは、本当になによりです。医師の言う"3-4ヶ月"というのも、本当にケースバイケースですね。奥様としては、決して心穏やかな時など寸時もない1年だったでしょうけれど、1年を経過されたのは、やはりご主人と奥様の二人三脚の賜物ですね。

ところで、玄米菜食の件ですが、私も退院直後、安保免疫学を2-3冊読んで、玄米菜食が大事なのだと思い込んだことがあります。この安保免疫学は、どうやらとんでもない本で、名前だけが売れてしまっていますが、鵜呑みにされない方がいいかと思います。ちょっとおかしいぞ・・・と思いながらも、参考になるところだけ参考にしようと勝手に取捨選択して読んで、放っていました。その後、いろいろ読むにつけ、食事は消化のよい栄養価の高いものをとることが大事であることを再認識しました。玄米は消化不良で下痢を起こしやすいですし、良質のタンパク質をしっかり摂ることが大事ですから、菜食ではまずいです。
最初、伊豆修善寺のセミナーの写真を見たときは、私も参加しようとまで思ったほどだったのです。けれども、写真の1枚に指導者とおぼしき方(柴田年彦氏?)が写っていて、迷彩服のズボンを履いているのがとても気になりました。例の、ベトナムやイラク戦争で米軍兵士が着ているあの迷彩服です。
セミナーに参加された方や、安保免疫学を実践されている方には申し訳ないのですが、この1枚の写真で、私は嘘くささを感じてしまいました。

メグさんも、はじめまして、ですね。よろしくお願いいたします。
「究極の損得勘定」(小林正観)、面白そうなタイトルの本ですね。ぜひ、近いうちに本屋で探してみます。ご主人のお加減はいかがですか。
支える側というのも、本当に大変なものだと思います。いろいろな気苦労の連続でしょうし。場合によっては、本人以上に辛いことがおありになるのだなというのが、いくつかのサイトを読んでいてよく分かります。

bushdogさん、いつも情報が早いですよね。
動注リザーバは、府立成人病センターが開発したそうで、手術時にこのリザーバを入れる2channel療法を実施すると、生存率が他のデータよりもずっといいですね。8月第一週の主治医の診察の折に、成人病センターのセカンドオピニオンを求める旨、話してみます。私の通っている大学病院でも放射線科でやっているそうですが、どの薬を使うかにもよりますでしょうしね。

cocoさん、お元気ですか。相変わらずお忙しいのでしょうね。
この間アップした葛豆腐の写真、あの小皿は何年も前にcocoさんからいただいた小皿セットの一つなんですよ。蓋付きの塗り物お椀セットは、そんな大層な料理などしないので余り使っていませんが、幾種類かの小皿セットは毎日愛用しています。ご主人のご病状はいかがですか。
きっと、いろいろ情報が集まるだけに余計にご心配になったりしていませんか。サマリア(H医師クリニック)にも行かれているのでしょうね。私も、いつか機会を見て出かけようと思っています。もんじゃ焼きは、あまり好きではありませんが(子どもの頃、10円20円で安いのを散々食べていたんですが)、スペイン料理のお店はまた行きたいです。

風花さんへ
しっかり食べてよく眠ること。
人間にとって、これほど当たり前で自明のことなのに、努力したり工夫することが必要な事態が生じるものなんですね。
健康なときには意識せずにできたことが、病気になると一つ一つに注意を払い努力しなければならなくなります。今まで、消化なんて、本当に深刻に考えたこともなかったですが、この病気をしてからは、いつも戦いです。お腹の調子と相談しながら、ゴロゴロ・グルグルと他人にもよく伝わる蠕動運動の音にも慣れ、ガスも出せるときにはきちんと出しておくなんてことを意識してやっています。
ヨレヨレになりながら、なんとか活力を見出す方策を考えています。

ではまた。
posted by 萩 at 00:06| 大阪 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月24日

今日は大チョンボ



なんと24日なのに、どこでどう間違えたか朝の床のなかで、今日は海の日、祝日だからのんびり・・・なんて思い込んでしまった。月曜日は午前も午後もクラスがあるというのに。
遅い朝食のときに間違いに気づき、大慌て。なんとか午後からは間に合わせたが、午前は待ちぼうけを食わせてしまった。
20名の院生の皆さん、本当にごめんなさい。(このブログは知らせてないけれど。)

多分、無意識に休みたかったのだ。
土・日と休んだはずなのに、無性にからだがきつい。あと2日、タルセバを服用したら、28日(金)のGEM休薬に合わせてタルセバも1週間休薬の予定。それで少しはこの倦怠感からも解放されるだろう。
posted by 萩 at 23:17| 大阪 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月23日

肝転移の拡がりか



憂鬱だ。7月19日の腫瘍マーカがまたも上昇していた。
CEAが113(7/4が91.6)、CA19-9が320,107(7/4が197,206)。
CA19-9の32万などという値は、一体、何を物語っているのだろう?

TS-1(80mg)を2週間、タルセバ(150mg)をかれこれ3週間併用してのこの数字だ。肝臓に転移した4個が拡大し、さらに個数も増えているに違いない。
A先生は、8月1日のCT検査いかんによっては、肝臓の動注リザーバを考えましょう、とのこと。一応、肺のレントゲン検査も加えられた。

なんとしても、早めに入院して動注リザーバを入れてもらおう。

金曜、土曜と、ネット検索で動注リザーバを調べていたら、「My Reminisecences」という、こおたろさんのサイトを発見した。

こちら
結腸癌から肝臓転移となり動注リザーバを使用した、30台なかばの男性のサイトだ。例によって、私は落ち込みながらも丹念に日記を読み続けている。
おそらくは自分もたどるであろう経過を頭に入れながら、最後まで再就職にむけて英語試験を受けたり、幼時からの両親との確執を分析したり、生きることに自分なりに取り組んだ経過が記されている。2001年6月発病から2004年2月までの2年半の記録だ。切ないし、痛ましい。BBSには今でも妹さんの書き込みが続いており、身内であればこそ日記を読めない辛さも伝わってきた。

患者は、ネット時代であればこそ、自分の行く末をある程度自覚しながら、他方で将来に向けての希望も失わずに最後まで生ききるのかもしれない。
早い頃の日記に近い死を予期した記録がありながら、そしてふとした折にその現実を自覚しつつも社会とのつながりを求め、末期になり腹水除去の外来通院の最中にあっても就職のためのTOEICを受けに行ったりしていた。
あきらめていなかったのだと思う。最後の日記には、死を予期してなのか、もう書くことはないとあった。現実を直視しつつ、可能性の片鱗を手放さなかったのだろう。

すい臓がんの場合、18ヶ月が壁と言われている(50%中央値)。この壁を越えても、2年、2年半が大方の限界なのかもしれない。
厳しい現実だ。

タルセバは効いているのだろうか?
骨髄抑制が出てきて、A先生は、量を減らした方がいい・・・とのこと。
次回の申し込みに、150mgでいくか100mgにするか迷っていたが、100mgでいくことにした。このいつになくひどい倦怠感は、やはり副作用のようだ。

WBC=6,100、RBC=270万、HB=9.4、HT=28.5、PL-C=11.3 と、白血球を除いて激減している。血小板が下がっていたせいか、気が付いたら足の太ももあたりにいくつもの内出血班が出ていた。
下痢は収まってきたが、倦怠感がひどい。

それに今一番つらいのが、筋肉・脂肪を失って腰骨、仙骨などが神経を圧迫するのか、痛むのだ。椅子に座っていてもお尻が痛くなり、横臥してもしばらくすると骨があたって痛む。寝ても起きていても、しんどい。
ありったけの羽根枕を使って工夫しているのだが、どうもうまくいかない。
骨シンチもやってもらった方がいいのだろうか?

金曜・土曜は微熱があったのでベッドでゴロゴロだったが、今日は少し、部屋を片付けよう。不安はつきないが、再来週の診察日までは、もっといろいろ調べておかなくては・・・。 



posted by 萩 at 11:45| 大阪 ☁| Comment(9) | TrackBack(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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